張俊雄
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張 俊雄(ちょう しゅんゆう、1938年3月23日 - 2025年9月27日)は、中華民国(台湾)の政治家(民主進歩党所属)。元行政院長(首相)、海峡交流基金会理事長。
| 張 俊雄 | |
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行政院長として公開された公式写真(2000年) | |
| 生年月日 | 1938年3月23日 |
| 出生地 |
(現:嘉義市) |
| 没年月日 | 2025年9月27日(87歳没) |
| 出身校 | 国立台湾大学 |
| 所属政党 |
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| 配偶者 | 朱阿英 |
| 在任期間 |
2002年2月1日 - 2004年5月19日 2016年11月9日 - 2025年9月27日 |
| 総統 |
陳水扁 蔡英文 頼清徳 |
| 在任期間 |
2000年10月6日 - 2002年2月1日 2007年5月21日 - 2008年5月20日 |
| 総統 | 陳水扁 |
| 内閣 | 唐飛内閣 |
| 在任期間 | 2000年8月1日 - 2000年10月6日 |
| 総統 | 陳水扁 |
| 内閣 | 第2次張俊雄内閣 |
| 在任期間 | 2008年5月6日 - 2008年5月20日 |
| 総統 | 陳水扁 |
経歴
政界進出まで
嘉義高級中学を卒業後、国立台湾大学法学部に入学。在学中に国際法の彭明敏教授の影響を受けた。卒業後、弁護士となり、1979年に発生した美麗島事件で高俊明の弁護を担当した。
立法委員時代
1983年から2000年まで立法委員を4期連続務める。1986年の民進党結成時の中心メンバーの一人でもある。なお、1994年に高雄市長選挙に立候補したが、国民党候補の呉敦義に敗れている。
陳水扁政権時代
2000年、「核四問題(台湾第四原子力発電所建設問題)」で陳水扁総統(当時)と対立した唐飛が行政院長を辞任したのに伴い、行政院長に就任、民進党籍で初の行政院長となった。在任中は民進党と野党の対立が激しく、2001年12月の立法委員選挙の後、行政院長を辞任した。
晩年
2025年9月27日に87歳で死去。訃報に際し民主進歩党の頼清徳主席(総統)と徐国勇秘書長は弔意を表し、長年にわたって党と国家に貢献したことをたたえた[1]。