徐商 (唐)

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徐 商(じょ しょう、生没年不詳)は、唐代官僚政治家は義声、または秋卿[1]本貫河南府偃師県

徐陶の子として生まれた。徐宰の孫にあたる[2]大中13年(859年)、進士に及第し、秘書省校書郎を初任とした。侍御史に累進し、礼部員外郎に転じた。ほどなく知制誥となり、郎中に転じ、翰林学士をつとめた。中書舎人・戸部侍郎・判戸部司事に任じられ、検校戸部尚書襄州刺史・山南東道節度使に転じた。入朝して御史大夫となった。咸通2年(861年)、刑部尚書を加えられ、諸道塩鉄転運使をつとめた。兵部尚書に転じ、東莞県子に封じられた。咸通4年(863年)、本官のまま同中書門下平章事(宰相)となった。咸通6年(865年)、宰相を退任し、検校尚書右僕射・江陵尹・荊南節度観察等使として出向した。入朝して吏部尚書となり、太子太保に転じ、死去した[3][1]

子に徐彦若・徐彦枢らがあった[3]

脚注

伝記資料

参考文献

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