御嶽神社 (埼玉県横瀬町)
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位置
北緯35度58分27.6秒 東経139度06分34.0秒 / 北緯35.974333度 東経139.109444度座標: 北緯35度58分27.6秒 東経139度06分34.0秒 / 北緯35.974333度 東経139.109444度
社格等
村社
| 御嶽神社 | |
|---|---|
| 所在地 | 埼玉県秩父郡横瀬町横瀬880-2 |
| 位置 | 北緯35度58分27.6秒 東経139度06分34.0秒 / 北緯35.974333度 東経139.109444度座標: 北緯35度58分27.6秒 東経139度06分34.0秒 / 北緯35.974333度 東経139.109444度 |
| 主祭神 | 日本武尊、男大迹尊、武金日尊 |
| 社格等 | 村社 |
| 創建 | 景行天皇の御代? |
景行天皇の御代に創建された。景行天皇の皇子である日本武尊が武甲山に登り、岩室に甲冑を奉納して天神地祇を祀ったのが起源であるという。その後の安閑天皇の代に蔵王権現を勧請したという。そして舒明天皇の代に日本武尊、男大迹尊、武金日尊の3柱を祀った[1]。
鎌倉時代初期、源頼朝とその家臣の畠山重忠の信仰が篤く、頼朝は社領を寄進し、重忠は太刀を奉納した[1]。
1569年(永禄12年)、武田信玄率いる武田軍の侵攻により、当社を焼失したが、北条氏邦によって当社は奪還され、1574年(天正2年)に再建された[1]。
1871年(明治4年)、近代社格制度に基づく「村社」に列せられ、1907年(明治40年)に武甲山の頂上から、ふもとの「里宮」がある現在地に移転した。頂上の社殿は「奥社」とした[1]。