Wikiwand AI

御所山古墳

福岡県京都郡苅田町の古墳 From Wikipedia, the free encyclopedia

御所山古墳(ごしょやまこふん)は、福岡県京都郡苅田町大字与原にある古墳。形状は前方後円墳。国の史跡に指定されている。

所在地 福岡県京都郡苅田町大字与原
位置 北緯33度45分30.64秒 東経130度58分50.68秒
規模 墳丘長119m
概要 御所山古墳, 所在地 ...
御所山古墳
所在地 福岡県京都郡苅田町大字与原
位置 北緯33度45分30.64秒 東経130度58分50.68秒
形状 前方後円墳
規模 墳丘長119m
埋葬施設 横穴式石室
出土品 銅鏡勾玉管玉・ガラス玉・金銅製雲珠・埴輪など
築造時期 5世紀後半
史跡 国の史跡「御所山古墳」
特記事項 豊前地方最大級の規模
地図
御所山古墳の位置(福岡県内)
御所山古墳
御所山古墳
テンプレートを表示
閉じる

豊前地方(福岡県東部・大分県北部地域)では石塚山古墳(苅田町富久町)と並び最大級の規模の古墳で、5世紀後半(古墳時代中期後半)頃の築造と推定される。

概要

福岡県東部、周防灘を望む低丘陵上に築造された大型前方後円墳である[1]2007年度(平成19年度)から2015年度(平成27年度)にかけて発掘調査が実施されている[2]

墳形は前方後円形で、前方部を北方向に向ける[1]。墳丘長は119メートルを測り、石塚山古墳(苅田町富久町、推定墳丘長約130メートル)と並び豊前地方では最大級の規模になる。墳丘は3段築成[3]。くびれ部の両側には造出が設けられている[3]。また墳丘外表では埴輪葺石が検出されているほか[3]、墳丘周囲には幅約5メートルの周濠が巡らされている[3][4]。この周濠は現在も水をたたえ、周濠および周堤を含めた全長は140メートルにもなる[3]。埋葬施設は大型で古式の横穴式石室で、複数人が埋葬された[3][1]。石室からは、銅鏡(四禽四乳鏡)のほか、東アジアでの交流を物語る馬具などの副葬品が検出されている[4]

築造時期は、古墳時代中期後半の5世紀後半頃と推定される[3]。苅田町域では、大型古墳として前述の石塚山古墳の築造も見られており、一帯に有力豪族が成長した様子が指摘される[2]

古墳域は1936年昭和11年)に国の史跡に指定されている[5]

遺跡歴

墳丘

墳丘の規模は次の通り[3]

  • 古墳総長:約140メートル - 周堤・周濠を含めた全長。
  • 墳丘長:約119メートル
  • 後円部 - 3段築成。
    • 直径:約73メートル
  • 前方部 - 3段築成。
    • 幅:約82メートル
  • 造出

埋葬施設

埋葬施設としては、横穴式石室が使用されている[3]。この石室は後円部に位置し、玄室が長さ4.7メートル・幅3メートルを測る大型なものになる[3]。床面は正方形で、石障によって屍床が分けられており、被葬者は複数人であった[3]。また、石室壁面には赤色顔料が塗られていた[3]。この石室には狭い羨道が接続し、後円部から前方部側へ開口する[3]

この石室からは、銅鏡(四禽四乳鏡)、勾玉管玉、ガラス玉、金銅製雲珠などの副葬品が出土している(現在は宮内庁保管)[3][4]

文化財

国の史跡

  • 御所山古墳 - 1936年(昭和11年)9月3日に指定[5]、2012年(平成24年)9月19日・2020年(令和2年)3月10日・2022年(令和4年)3月15日・2024年(令和6年)10月11日・2026年(令和8年)2月17日に史跡範囲の追加指定[6][7][8][9][10]

脚注

参考文献

関連項目

外部リンク

Related Articles

Timelines

Top Qs

Fact Checks