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復讐は俺がやる DISTANT JUSTICE

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『復讐は俺がやる DISTANT JUSTICE』(ふくしゅうはおれがやる)は、1992年12月1日に東映ビデオから発売された日本のビデオ映画[1][2][3]。アメリカとの合同スタッフによって製作された、東映Vシネマの派生レーベル「東映Vアメリカ」(以下、「Vアメリカ」)の第1弾作品である[3]。アメリカでは劇場公開された[3]。

概要

東映Vシネマ第1作『クライムハンター 怒りの銃弾』が誕生したのが1989年3月[2][3]。ビデオ業界にセンセーショナルを巻き起こし、3年半の間に30本以上の作品を製作した[3]。1992年当時は他社がビデオ・オリジナル(原文ママ)から撤退するのを尻目に「Vアメリカ」は、あえて海外の会社とパートナーを組み、巻き返しを図るという意味での試みであった[1][3]。これまでの東映Vシネマは全て16ミリ(スーパーではなくノーマル)で撮っていたが[3]、「Vアメリカ」は35ミリで撮る[3]。従来のVシネマはテレビ再生を原則とするためスタンダード、対象物を寄り気味で撮り、スクリーンに映写するようには作られていない[3]。アメリカでは劇場公開されるため、100%劇場用映画の作り[3]。アメリカン・ワイド(1.85:1)で上映され、ウルトラオーディオ(ドルビーステレオに対応)が採用された[3]。

製作費は日本側が東映とテレビ朝日、アメリカ側はサントスライブが折半[3]。それぞれの国にオールライツを持ち、ほかの国の収益は折半する[3]。VシネマはTBSや東北新社が絡んだ初期の数本を除き、テレビ放映はされていないが[3]、「Vアメリカ」は日本では最初にビデオ発売、ついで衛星、地上波に供給する[3]。本作の製作費は当初3億円と発表されたが、5億円に修正された[1][2][3]。

あらすじ

家族旅行でボストンを訪れた元刑事・結城亮一。しかし楽しいはずの旅行は突如悲劇と化す。妻の比呂子が何者かに殺され、娘の櫻が連れ去られたのだ。事件の背後に巨大な組織が絡んでいるとにらんだ亮一は、旧友で現地の警察署長のトム・ブラッドフィールドの協力を得て、必死の捜査を開始する。

スタッフ

  • 監督:村川透
  • 脚本:田部俊行
  • 共同製作総指揮:黒澤満、ジョセフ・ウルフ
  • 製作総指揮:渡邊亮徳
  • 製作:サイモン・ツェー、ブラッドリー・ホン
  • 製作補:アラジン・ポジャン、丸久生
  • 音楽:ポール・ギルマン
  • 撮影監督:フィル・パーメット
  • 撮影協力:カリフォルニア州フィルムコミッション、セントラル・アーツ
  • 制作プロダクション:サン・ストライプ・ピクチャーズ
  • 製作協力:S.T.P.インターナショナル
  • 製作:東映ビデオ

キャスト

制作

菅原文太と野際陽子、監督の村川透の3人のみがアメリカロケに参加[3]。あとはアメリカ側の撮影クルーが編成された[3]。菅原さくらは菅原の次女でボストンに留学中で当時19歳[3]。1992年8月21日に丸の内TOEIで披露試写会が行われ、舞台挨拶に立った野際は「若い頃、アメリカ映画のタイトルに名前が出るのが夢でした。いまそれが実現しました。撃たれて死んだことがないので、大口径の銃弾を胸に受けた衝撃がどんなに激しいか教わり、背後の壁に叩きつけられて死にました」などと[3]、端役出演のジョージ・ケネディ夫人は「ボストンをこれほど綺麗に撮った映画は初めて観ました」などと話した[3]。

ビデオ発売

日本では1992年12月1日東映ビデオからビデオが発売された[3]。96分。1万6480円[3]。

脚注

外部リンク

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