空堀や水堀は設けられず、土塁で間に合わされており、簡素な構えであったが、陣屋としては「日本三大陣屋」に数えられるほど壮大な規模であった(他の二つは敦賀酒井氏の敦賀陣屋と保科氏の飯野陣屋)。
現在、城跡は周南市文化会館、祐綏神社、周南市徳山動物園となっている。文化会館の前庭が、かつての徳山城の庭園であり、庭園内にある徳山藩館邸跡の碑に「館邸の門」と「毛利家館邸」の在りし日の古写真が掲げられている。
- 遥拝石
- 徳山動物園内に残る石で、第3代藩主・毛利元次が朝夕座って、太華山頂の仏像を拝んだと伝えられる[1]。
大坂城築城残石
- 大坂城築城残石
- 文化会館敷地内に残されている、大坂城修築に使われなかった石垣の残石(現地説明板の表記は「大阪城築城残石」)。元和5年(1620年)から江戸幕府によって始められた大坂城修築の普請に長州藩が参加した際に、徳山藩に用意が命ぜられた石(大津島の石材)であり、石の側面には毛利家の家紋(一文字に三つ星)を省略した「一〇」が縦書きで刻んである[注釈 1]。