徳川義寛
日本の政治家 (1906-1996)
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生涯
1906年(明治39年)、尾張徳川家分家、徳川義恕の長男として東京府に生まれる。1927年(昭和2年)、学習院高等科を卒業し、1930年(昭和5年)、東京帝国大学文学部美学美術史学科を卒業。ベルリン大学留学後、帝室博物館(現東京国立博物館)研究員。1936年(昭和11年)、侍従となる。
終戦前夜、降伏を阻止しようとする陸軍幹部らの反乱(宮城事件)にあい、脅されながらも昭和天皇の玉音放送の録音盤を守った[1][2]。
戦後も昭和天皇の側近を務め、宇佐美毅宮内庁長官や入江相政侍従長らとともに、1971年(昭和46年)のヨーロッパ各国歴訪、1975年(昭和50年)のアメリカ合衆国ご外遊にも随行した[3]。
1985年(昭和60年)に入江侍従長の逝去を受けて侍従長に就任した。以降は1988年(昭和63年)まで昭和天皇に仕えた[2]。1986年には勲一等端宝章が授与された[4]。
1964年(昭和39年)には姪の華子が義宮正仁親王と結婚して常陸宮家が興り、常陸宮妃となる。1969年(昭和44年)からは、実妹北白川祥子が女官長に就任し、兄妹で天皇・皇后に長く仕えた。 侍従長退任後は、公益法人日本博物館協会会長を務めた。1996年死去。死没日付をもって正五位から従二位に進階[5]。1999年(平成11年)に、終戦時の詳細な日記『徳川義寛終戦日記』が刊行され、話題となった。
年譜
- 1936年(昭和11年)11月20日 - 侍従
- 1969年(昭和44年) - 侍従次長
- 1985年(昭和60年)10月 - 1988年(昭和63年)4月 - 侍従長。
家族
著書
徳川義寛を演じた人物
映画
- 小林桂樹 - 『日本のいちばん長い日』(1967年公開、東宝)
- 大藏基誠 - 『日本のいちばん長い日』(2015年公開、松竹)