徳武弘文

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別名 Dr.K
生誕 (1951-05-25) 1951年5月25日
死没 (2025-05-14) 2025年5月14日(73歳没)
日本の旗 日本 東京都目黒区
徳武 弘文
別名 Dr.K
生誕 (1951-05-25) 1951年5月25日
出身地 日本の旗 日本 北海道函館市
死没 (2025-05-14) 2025年5月14日(73歳没)
日本の旗 日本 東京都目黒区
ジャンル カントリー・ミュージック

徳武 弘文(とくたけ ひろふみ、1951年5月25日 - 2025年5月14日)は、北海道函館市出身のギタリスト。日本におけるカントリー・ギターの第一人者であり、“徳武”の読みを崩したDr.K(トクタケが覚えにくい苗字だから近いところで、ドクターケーになった[1])の愛称で知られる。2008年にはニューヨークにてレス・ポールと共演を果たした。

大学在学中に「ブレッド&バター」のコンサートのサポート・メンバーとして活動。

その後、山本コウタローらと共に“山本コータローと少年探偵団”を結成。

セッション・ギタリストとして活動しながら、1974年泉谷しげるのバック・バンド“ザ・ラスト・ショウ”を結成。ザ・ベンチャーズジェリー・マギーに多大な影響を受けたサムピックを使用したフィンガー・ピッキングとルーツ・フィーリングを活かしたギター・スタイルが注目を集め、吉田拓郎大瀧詠一高橋幸宏長渕剛などのサポートを務めた。

1989年、1stアルバム『Dr.Kの調律』でソロ・デビュー。自身のバンドDr.K Projectを率いて精力的に活動を続けている[2]

2007年、会津若松市イメージソング「AIZUその名の情熱」(作詞:石原信一、作曲:南こうせつ)に編曲で参加[3]

2014年11月15日、細野晴臣、高橋幸宏をスペシャルゲストに迎え、「Rock'N'Roll Night:Respect Les Paul & Mary Ford」開催[4][5]

2015年11月2日、Amrita Custom Guitars(アムリタ・カスタム・ギターズ)による音楽イベントに参加、仲井戸麗市と初共演した[6]

2018年、多系統萎縮症と診断される[7]

2020年、胃がんと診断され、3分の2を摘出する[8]

2025年5月14日、東京都目黒区の病院で死去[9]73歳没[10]

ディスコグラフィ

※ザ・ラストショウは、ラストショウ#作品を参照。

アルバム

発売日 規格 規格品番 アルバム
徳間ジャパン(Absord Music Japan)
1989年11月25日 CD 30JC-477 Dr.Kの調律
2004年2月25日 CD ABCS-60
1991年11月25日 CD TKCA-30399 ハッピーデイズ
2004年2月25日 CD ABCS-61
Absord Music Japan
2000年3月24日 CD ABCS-19 Keys To The Country
ポニーキャニオン
2000年6月21日 CD MYCV-30049 Dr.K Project 2~Daddies Be Ambitious~
2003年6月18日 CD MYCV-30197 T for Thumb
VIVID SOUND
2011年10月19日 CD VSCD-3387 SOMEWHERE OVER THE RAINBOW
2012年12月14日 CD VSCD-3396 LET'S SWAMP TOUR / LIVE IN JAPAN

サウンドトラック

発売日 レーベル 規格 規格品番 アルバム
1993年8月30日 Consipio Records CD COCD-9203 あひるのうたがきこえてくるよ。サウンド・トラック

映像作品

発売日 規格 規格品番 アルバム
リットーミュージック
2006年12月20日 DVD VWD-132 DVD版 萌え萌えエレキ天国
2007年8月20日 DVD VWD-198 究極のカントリー・フレーズ大全
2007年12月20日 DVD VWD-207 究極のロカビリー・ギター大全 ~今すぐ使える実践ギター・テク

参加作品

著書

脚注

外部リンク

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