忍海女王 From Wikipedia, the free encyclopedia 忍海女王(おしぬみじょおう/おしぬみのおおきみ、生没年不詳)は、奈良時代の皇族。名は忍海部女王・忍海若翁・忍海部若翁とも記される。長屋王の娘。位階は従四位下。 平城京左京三条八坊出土の長屋王家木簡には、「忍海若翁」・「忍海部若翁」と見える[1]。 『続日本紀』には聖武朝の天平9年(737年)2月に、無位から従五位下に昇叙されたとあり[2]、その後、長屋王の遺児である安宿王・黄文王・円方女王・紀女王とともに昇叙され、姉妹ともども従四位下を授けられている[3]。同年、藤原四兄弟が天然痘のために相次いで亡くなっており、長屋王への鎮魂の意味もあったものと思われる。 官歴 『続日本紀』による。 天平9年(737年)2月14日:従五位下。10月20日:従四位下 脚注 [脚注の使い方] ↑ 「平城木簡概報」21 「長屋王家木簡一」16頁 ↑ 『続日本紀』天平9年2月14日条 ↑ 『続日本紀』天平9年10月20日条 参考文献 『続日本紀』2 新日本古典文学大系13(岩波書店、1990年) 宇治谷孟訳『続日本紀(上)』(講談社学術文庫、1992年) 竹内理三・山田英雄・平野邦雄編『日本古代人名辞典』2 (吉川弘文館、1959年)p451 Related Articles