円方女王
From Wikipedia, the free encyclopedia
神亀6年(729年)の長屋王の変で父長屋王が自殺したとき、円方女王には罪が及ばなかった。天平9年(737年)10月、長屋王の遺児の叙位があった際には従五位下から従四位上に昇叙。天平宝字7年(763年)1月、従四位上から正四位上に昇叙。天平宝字8年(764年)10月、藤原仲麻呂の乱の論功で従三位に昇叙。この年、法隆寺に白銅鏡一面を献納[2][3][4]。神護景雲2年(768年)1月、正三位に昇叙。宝亀5年12月(774年1月)に薨去。
『万葉集』に(天平勝宝8歳頃の歌と想定される)1首の歌を残す。
- 夕霧に千鳥の鳴きし佐保道(さほぢ)をば荒しやしてむ見るよしをなみ(20-4477)[5]
また、平城宮木簡に「円方女王、図書□王」とも見える[6]。