昔、静御前が奥州・平泉に逃れた源義経を追って、侍女の琴柱とともに古河の下辺見村まで来たが、ここで義経の死を知り、橋の上で奥州に行くか京に戻るか思案したのちに戻ることにしたという。また思案橋の下の清らかな水に浴すると病や災いから逃れられるとした伝承もあった(弘法水)[1] [2]。
鎌倉街道中道は、五霞町元栗橋・小手指・両新田から利根川を越え、古河市の前林・砂井新田・下辺見を経由して元の古河(古河城)に向かっていたとされ、静御前もこの道筋をたどった。古河市中田の光了寺に、前述の「思案橋」、前林で静御前が道に迷ったときに目印として柳の枝を引き結んだ「むすびの柳」、元の道に引き返した「静かへり」の伝承が残されている[3] [1]。