悲しきサルタン (アルバム)

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リリース
録音 1978年2月 ロンドン Baising St. Studios
ジャンル ロックパブロック、ルーツ・ロック
時間
『悲しきサルタン』
ダイアー・ストレイツスタジオ・アルバム
リリース
録音 1978年2月 ロンドン Baising St. Studios
ジャンル ロックパブロック、ルーツ・ロック
時間
レーベル ヴァーティゴ
ワーナー・ブラザース・レコードアメリカ合衆国の旗
プロデュース マフ・ウィンウッド英語版
専門評論家によるレビュー
チャート最高順位
  • 2位(アメリカ[1]、ニュージーランド[2]
  • 3位(オランダ[3]、ドイツ[4]
  • 5位(イギリス[5]
  • 6位(スウェーデン[6]
  • 10位(ノルウェー[7]
  • 17位(オーストリア[8]
  • 26位(日本[9]
ダイアー・ストレイツ アルバム 年表
悲しきサルタン
(1978年)
コミュニケ
(1979年)
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悲しきサルタン』(原題:Dire Straits)は、イギリスロックバンドダイアー・ストレイツ1978年に発表した初のスタジオ・アルバム

1977年7月27日、バンドは5曲入りのデモ・テープを録音[10]。そのうち「水辺へ」「ウォーター・オブ・ラヴ」「悲しきサルタン」「ワイルド・ウェスト・エンド」の4曲は本作で再録音された。また、同年10月頃にはBBCラジオ・ロンドンのために「サウスバウンド・アゲイン」「イン・ザ・ギャラリー」「シックス・ブレイド・ナイフ」が録音され、11月9日に録音されたデモ・テープには、本作で再録音される「セッティング・ミー・アップ」も含まれていた[10]。そして、BBCラジオ・ロンドンのDJチャーリー・ジレットがバンドのデモ録音をオン・エアし、それを聴いたフォノグラム・レコード英語版のA&Rジョン・スタインズによって、バンドはフォノグラム傘下のヴァーティゴと契約を得た[10]

バンドはトーキング・ヘッズのツアーでオープニングアクトを務めた後、本作のレコーディングに入り[11][12]、12日間で録音を終える[11]

反響・評価

本作は全英アルバムチャートで最高5位を記録し、132週チャート圏内に入るロング・ヒットとなった[5]。また、1979年3月には「悲しきサルタン」が全英シングルチャート入りを果たし、最高8位を記録[13]

オランダでは、VPROのDJが「悲しきサルタン」を盛んにオン・エアし、更に同国の評論家からも絶賛されて、早くから注目を集めた[14]。本作は1978年8月5日付のアルバム・チャートで初登場46位となり、9月2日より14週連続でトップ10入りして、うち5週にわたり3位を記録する大ヒットとなった[3]。また、オランダのシングル・チャートでは8月12日に「悲しきサルタン」が初登場43位となり、その後11位を記録する[15]

ニュージーランドでは1978年末から1979年にかけて大ヒットを記録。本作は1978年12月3日付のアルバム・チャートで初登場2位となり、20週連続でトップ10にとどまった[2]。また、シングル「悲しきサルタン」は1978年12月10日付のシングル・チャートで初登場39位となり、1979年1月28日には最高12位を記録[16]

アメリカ盤は1978年秋にワーナー・ブラザース・レコードからリリースされ[12]、1979年に本作がBillboard 200で2位、シングル「悲しきサルタン」がBillboard Hot 100で4位を記録した[1]。本作は1979年2月にRIAAによってゴールドディスクに認定され、1987年1月にはダブル・プラチナに認定されている[17]

Stephen Thomas Erlewineはオールミュージックにおいて5点満点中4点を付け「バーで演奏するバンドのパブロック的な精神性が中核にあり、グループの名を高めたシングル"Sultans of Swing"にしても無視されたパブロック・バンドの嘆きを表現しているが、彼らの音楽は既に、彼らの先人のシンプルなブギーやシャッフルを超えており、時折ジャズやカントリーにも手を出している」と評している[18]

収録曲

参加ミュージシャン

脚注・出典

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