愛宕警察署 東京都港区にある警察署 From Wikipedia, the free encyclopedia 愛宕警察署(あたごけいさつしょ)は、東京都港区新橋六丁目にある警視庁が管轄する警察署の一つ。第一方面本部所属。署員数約260名。 都道府県警察 警視庁管轄区域 港区の東北部東新橋、新橋、西新橋海岸の一部浜松町、芝大門芝公園、愛宕虎ノ門の一部課数 7交番数 8概要 警視庁愛宕警察署, 都道府県警察 ... 警視庁愛宕警察署 都道府県警察 警視庁管轄区域 港区の東北部東新橋、新橋、西新橋海岸の一部浜松町、芝大門芝公園、愛宕虎ノ門の一部課数 7交番数 8駐在所数 0所在地 〒105-0004東京都港区新橋六丁目18番12号位置 北緯35度39分39.4秒 東経139度45分09.6秒外部リンク 愛宕警察署テンプレートを表示閉じる 港区の東北部を管轄している。管内には主に東京タワーやオランダ大使館、日本テレビの本社ビル、世界貿易センタービルなどの施設がある。また、当署に隣接して警視庁新橋庁舎があり、各種初動捜査を担う機動捜査隊(第一機動捜査隊)の拠点や、交通部の要として交通信号などの運用を行う交通管制センターが置かれている。 識別章所属表示はMJ。車両の対空標識は「愛」。 所在地 東京都港区新橋六丁目18番12号 最寄駅:東京都交通局都営地下鉄三田線 御成門駅 管轄区域 港区芝地域の一部(旧芝区:芝地区総合支所の区域)を管轄。 東新橋一・二丁目(全域) 新橋一・二・三・四・五・六丁目(全域) 西新橋一・二・三丁目(全域) 海岸一丁目(二・三丁目は三田警察署の管轄) 浜松町一・二丁目(全域) 芝大門一・二丁目(全域) 芝公園一・二・三・四丁目(全域) 愛宕一・二丁目(全域) 虎ノ門一丁目、二丁目(3番から9番のみ)、三・四・五丁目(前記以外の二丁目は赤坂警察署の管轄) 沿革 1872年(明治5年) - 巡査屯所設置。 1881年(明治14年)1月14日 - 宮本町警察署となる。 1881年(明治14年)4月1日 - 芝宮本町警察署になる。 1893年(明治26年)4月 - 高輪警察署を統合し、芝警察署となる。 1913年(大正2年) - 芝愛宕警察署に改称。 1918年(大正7年)8月14日 - 米騒動(1918年米騒動)で沸き立つ数百人の群衆が警察署に押し寄せるが撃退[1]。 1937年(昭和12年) - 愛宕警察署に改称。 1984年(昭和59年) - 現庁舎が完成。 組織 警務課 会計課 交通課 警備課 地域課 刑事組織犯罪対策課 生活安全課 交番 虎の門交番(港区虎ノ門2丁目3番2号) 新橋三丁目交番(港区新橋3丁目6番1号) 新橋駅前交番(港区新橋2丁目16番2号) 東新橋交番(港区東新橋2丁目2番8号) 大門交番(港区芝大門2丁目4番1号) 浜松町交番(港区浜松町2丁目13番2号) 東京タワー前交番(港区芝公園3丁目4番26号) 竹芝交番(港区海岸1丁目12番2号) - 2008年3月31日に愛宕警察署の管轄となる。前日限りで廃止の東京水上警察署から移管された。 駐在所、地域安全センターはなし。 廃止された交番 西新橋交番 - 2010年廃止。 御成門交番 - 1970年11月22日にデモ隊から投石、放火による襲撃を受ける[2]。廃止時期不明。 管轄内の主要事件 立憲政友会本部放火事件(1919年10月7日) - 当時、政友会本部の向かいに本署があった。 永山則夫連続射殺事件(1968年10月11日) - 最初の事件が東京プリンスホテルで発生。 未解決事件 第一ホテル殺人事件(または第一ホテル女医殺人事件。1972年6月26日) - 未解決事件として2002年に公訴時効成立。 脚注 [脚注の使い方] [1]「報道禁止中の東京大騒動の全貌」『中央』1918年(大正7年)8月17日(大正ニュース編纂委員会『大正ニュース事典第3巻(大正6年-大正7年)』本編p.201 毎日コミュニケーションズ刊 1987年) [2]新左翼が集会、デモ 都内で20人がつかまる『朝日新聞』1970年(昭和45年)11月23日朝刊 12版 22面 外部リンク 愛宕警察署この項目は、警察に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています。表示編集 Related Articles~TimelinesTop QsFact Checks