慈眼寺 (小千谷市)
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境内
境内には、山門、船岡観音堂、慈眼寺本堂、庫裡、小千谷幼稚園などの建物と岩村軍監、河井総督会見談判所(本堂内)、同上記念碑の戊辰史蹟などがある。
岩村河井会見記念碑は、慶応4年5月2日、この寺で両者が会見し談判した史実を記念して、昭和14年(1939年)、当山先代住職船岡芳快の発願によって建てられたものである。
碑文は徳富蘇峰の撰、篆額と書は小千谷市出身の島田博の筆である。
船岡観音
現在は慈眼寺境内に船岡観音があるが、以前は小千谷市西中にあったという。小千谷市西中には今でも観音堂という地名がのこっている。
空海(弘法大師)が旅の途中、村人に頼み庵を結び、しばらく住んでいた。空海は説教・祈祷・看病・堰の造営などをし、夜は仏像を刻んでいた。やがて、三尺六寸の聖観音像が完成し、空海は村人に、「この観音様を拝み、仏の教えを守れば、皆は極楽往生するだろう。」と言い残して村を去っていったという。

