成瀬國晴

日本の日本の漫画家、イラストレーター (1936-) From Wikipedia, the free encyclopedia

成瀬 國晴(なるせ くにはる、1936年昭和11年〉1月1日 - )は、日本イラストレーター、タレント。

概要 成瀬 國晴, 本名 ...
成瀬 國晴
本名 同じ
生誕 大阪府大阪市浪速区
国籍 日本の旗 日本
職業 イラストレーター
活動期間 1950年代 -
ジャンル 似顔絵スケッチ風刺漫画
代表作 著名人の似顔絵
受賞 第37回日本漫画家協会賞文部科学大臣賞(2008年
上方お笑い大賞 審査員特別賞
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大阪府大阪市浪速区出身。宝塚市在住[1]日本漫画家協会会員。甲子園歴史館顧問。新字体は「成瀬国晴」。血液型はO型。

来歴・人物

浪速区日本橋3丁目旅人宿むかでや」の4人兄弟の三男として生まれる。祖父は当時方面委員を務めていた成瀬駒吉(1864-1936)[2][3]。1919年に創業して2025年現在も日本橋で書店として営業中の波屋書房の三代目店主・芝本尚明は国民学校の同級生である[4][5]

1944年8月からは滋賀県東押立村(現在の東近江市)の寺の東方寺(とうぼうじ)に疎開[6]

漫画・イラストに興味を持ったのは中学時代に出会った手塚治虫新宝島』。高校時代は新聞に四コマ漫画を投稿、賞金をもらった[7]

1956年 長沢節門下の明石正義に師事し、モードイラストクロッキー技術[7]を学ぶ。クロッキーは1958年から2018年まで60年間、1日50枚描き続けた[4]

1979年、当時の有名人を写楽の絵に見立てて表現した個展「見立て写楽 東西名物男」を東京・大阪で開催。評判となり、以降似顔絵の仕事を多数手がけるようになる[4][7]

関西を活動の拠点とし、テレビ番組のロゴや番組セットのデザイン、落語会のポスター画などを手掛ける。法廷スケッチにも携わった[7]。本人いわく画業の柱は「大相撲タイガース上方落語天神祭[7]上月財団の「漫画家・アニメーター育成事業」(現:クリエーター育成事業)審査委員も務めた。マサモードアカデミーオブアート特別講師。

関西を拠点としていた作家藤本義一とは長年にわたり親交が深く、司会をしていた藤本に誘われて「11PM」でレポーターなどを務めた[4]。藤本の葬儀では葬儀委員長を務めた。

出演番組

著書

  • 天神祭画集
  • なにわ難波のかやくめし―上方芸能の宝庫「日本橋三丁目」ものがたり
  • ドキュメンタリースケッチ大相撲―成瀬国晴画集
  • ドキュメンタリースケッチ 夢は正夢 阪神タイガースの20年―成瀬国晴画集
  • 大阪キタの味
  • イラスト教室
  • 甲子園ドキュメントスケッチ : 絵日記 ばんざいばんざいタイガース』たる出版、1985年11月5日。
  • オダサクアゲイン あとを追うもの』たる出版、2022年10月20日。
  • キダタロー(著)『キダタローのズバリ内証ばなし成瀬国晴 画、ナンバー出版、1986年11月15日。
  • キダタロー(著)『キダタローのズバリ内証ばなし 続』成瀬国晴 画、ナンバー出版、1987年4月10日。

*時空の旅 他

受賞

出典

関連項目

脚注

外部リンク

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