成田均
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1976年3月6日の中山第12競走5歳以上300万下・アカツキチカラ(14頭中10着)で初騎乗[1] [2]を果たす。ダービーデーの5月30日にはダービー前の東京第8競走5歳以上500万下[3]で11頭中10番人気のヒロノイズミに騎乗して2着に入り、ダービー翌週の6月5日の東京第1競走4歳未勝利・バーディターフで初勝利[1] [4]を挙げるが、1年目の同年は2勝に終わる[5]。
3年目の1978年にはタイテエム産駒タイムサシで未勝利→500万下を連勝し、夏の新潟では初の特別勝ち[6]も挙げたほか、カブトヤマ記念では4着に入った[7]。
1980年には自身唯一のシーズン0勝[5]に終わるが、1981年11月7日の東京第2競走4歳未勝利・ホンマルホープで2年ぶりの勝利[6]を挙げる。
1982年には1月17日の中山第12競走5歳以上400万下でメジロアサマの1頭だけの初年度産駒[8]メジロエスパーダに騎乗して勝利し[6]、8月7日の新潟第3競走4歳未勝利では8頭中7番人気のロシアンブルーで勝利して枠連万馬券[9]の波乱を起こす。
1983年には1月9日の中山第3競走4歳新馬で後にデビュー3連勝で引退して種牡馬入りするシーハリアースタンに騎乗し[10]、2着に9馬身付けると同時にウインザーノットも封じて圧勝している[11]。同22日の中山第9競走白梅賞では11頭中11番人気のフェニックスダイナで枠連20630円[12]、7月17日の新潟第6競走4歳未勝利ではクイーンズベンチで枠連13010円[13]の波乱を起こす。
1984年からは栗東から転厩して障害に転向した牝馬ブルーフラールの主戦騎手を務め[14]、初障害の移籍初戦[14]を14頭中14番人気で勝利して単勝27230円[15]の波乱を起こすが、成田にとっても障害初勝利[16]となった。2戦目も10頭中9番人気の低評価を覆して連勝し、東京障害特別(秋)では9頭中9番人気4着、中山大障害(秋)では7頭中7番人気5着と共に最低人気ながら掲示板を確保[14]。1985年は東京障害特別(春)で7頭中5番人気ながらオキノサキガケ・メジロアンタレスに先着する2着[17]と好走し、初勝利から丁度1年となる3月10日[14]の5歳以上オープンではオキノサキガケにハナ差勝利[18]。雨の中山大障害(春)では10頭中6頭が競走中止した中でライバコウハク・メジロアンタレスに勝利し[19]、人馬共に重賞初制覇[14] [1] [16]となった。
1987年には9歳になったメジロアンタレスで中山大障害(春)[20]を制して人馬共に大障害2勝目[21] [1] [16]を挙げ、中山大障害(秋)は2着で春秋制覇はならなかった[21]。
1989年7月1日の新潟第1競走3歳未勝利をモガミベイビーで逃げ切って5年ぶりの平地勝利、1990年には東京障害特別・シンボリモントルーで重賞3勝目[1]を挙げる[22]。
1990年には境征勝厩舎のシンボリクリエンスでも2勝[23]を挙げるなど7勝をマークしたが、引退まで2桁勝利を挙げることはなかったため、同年が自己最多となった[5]。
1991年にはシンボリモントルーを3連勝での中山大障害(秋)制覇[24]に導くと同時に自身は大障害3勝目[1] [25]を挙げたほか、二本柳俊一厩舎のシンコウアンクレーでも2勝[26]を挙げ、1992年には7月4日の福島第1競走3歳未勝利をトネムサシで逃げ切って3年ぶりの平地勝利[25]を記録。
1995年には福島芝1700mで行われた関屋記念で連闘の格上挑戦となる福島巧者フェスティブキングに騎乗し、当日は12頭中9番人気に甘んじていたが、平均ペースで馬場の荒れていない中団の外目を追走し、勝負所で早めにスパート[27]。迎えた直線では先に抜け出したインタークレバーとヤシマソブリンをゴール直前で捕らえ[27]、単勝49.5倍の低評価を覆して重賞初勝利[27]に導き、自身唯一の平地重賞勝利が最後の重賞勝利[1] [25]となった。
1995年9月18日の中山第10競走江戸川特別・カルバートが最後の平地勝利[25]となり、1998年5月29日から6月30日までは嘉堂信雄・栗原洋一・小島貞博と共に海外研修でフランス・イギリス・アイルランドの3ヶ国を訪問[28]。
1999年12月18日の阪神第5競走障害4歳以上未勝利・タヤスキチジツで通算100勝[29]を達成し、2001年1月13日の京都第5競走障害4歳以上未勝利・シルクエンペラーが最後の勝利[30]を挙げた。
2001年2月24日の中山第5競走障害4歳以上未勝利・ダイワレジェンド(10頭中7着)が最後の騎乗[30]となり、同28日付で現役を引退[1]。
引退後は根本康広厩舎の調教助手を務めるが、休日には釣りに通う釣り好きで、同じく釣り好きの柴田善臣に密着した釣りビジョン「ヨシトミに相談だ!」にも登場し、大江原哲・大江原隆・木幡初広と勝負した模様は2023年10月8日に放映された[31]。
騎手成績
脚注
- 1 2 3 4 5 6 7 8 “JRAホームページ|データファイル|騎手・調教師データ”. jra.jp. 2025年8月24日閲覧。
- ↑ “成田均の近走成績”. netkeiba.com. 2025年8月24日閲覧。
- ↑ “1976年05月30日のレース情報”. netkeiba.com. 2025年8月24日閲覧。
- ↑ “成田均の近走成績”. netkeiba.com. 2025年8月24日閲覧。
- 1 2 3 “成田均の年度別成績”. netkeiba.com. 2025年8月24日閲覧。
- 1 2 3 “成田均の騎手成績|競馬データベース - netkeiba.com”. netkeiba.com. 2025年8月24日閲覧。
- ↑ “タイアラシ”. netkeiba.com. 2025年8月24日閲覧。
- ↑ “メジロアサマ”. www.ik-x.com. 2025年8月24日閲覧。
- ↑ “4歳未勝利|1982年8月7日”. netkeiba.com. 2025年8月24日閲覧。
- ↑ “シーハリアースタン (Sea Harrier Stan)”. netkeiba.com. 2025年8月24日閲覧。
- ↑ “4歳新馬|1983年1月9日”. netkeiba.com. 2025年8月24日閲覧。
- ↑ “白梅賞|1983年1月22日”. netkeiba.com. 2025年8月24日閲覧。
- ↑ “4歳未勝利|1983年7月17日”. netkeiba.com. 2025年8月24日閲覧。
- 1 2 3 4 5 “ブルーフラール (Blue Flore)”. netkeiba.com. 2025年8月24日閲覧。
- ↑ “5歳以上未勝利|1984年3月10日”. netkeiba.com. 2025年8月24日閲覧。
- 1 2 3 “成田均の騎手成績|競馬データベース - netkeiba.com”. netkeiba.com. 2025年8月24日閲覧。
- ↑ “東京障害特別|1985年2月9日”. netkeiba.com. 2025年8月24日閲覧。
- ↑ “5歳以上|1985年3月10日”. netkeiba.com. 2025年8月24日閲覧。
- ↑ “中山大障害|1985年4月7日”. netkeiba.com. 2025年8月24日閲覧。
- ↑ “中山大障害(春)|1987年4月12日”. netkeiba.com. 2025年8月24日閲覧。
- 1 2 “メジロアンタレス (Mejiro Antares)”. news.netkeiba.com. 2025年8月24日閲覧。
- ↑ “成田均の騎手成績|競馬データベース - netkeiba.com”. netkeiba.com. 2025年8月24日閲覧。
- ↑ “シンボリクリエンス (Symboli Kriens)”. netkeiba.com. 2025年8月24日閲覧。
- ↑ “シンボリモントルー (Symboli Montreux)”. netkeiba.com. 2025年8月24日閲覧。
- 1 2 3 4 “成田均の騎手成績|競馬データベース - netkeiba.com”. netkeiba.com. 2025年8月24日閲覧。
- ↑ “シンコウアンクレー (Shinko Ankure)”. netkeiba.com. 2025年8月23日閲覧。
- 1 2 3 “福島で5戦全勝 舞台巧者フェスティブキングが制した福島開催の関屋記念から30年”. news.netkeiba.com. 2025年8月24日閲覧。
- ↑ “ニュースぷらざ”. keibado.ne.jp. 2025年8月24日閲覧。
- ↑ “成田均の騎手成績|競馬データベース - netkeiba.com”. netkeiba.com. 2025年8月24日閲覧。
- 1 2 “成田均の騎手成績|競馬データベース - netkeiba.com”. netkeiba.com. 2025年8月24日閲覧。
- ↑ “ヨシトミに相談だ! 今日はマダイ船に騎乗依頼!”. www.fishing-v.jp. 2025年8月24日閲覧。