木幡初広

中央競馬(JRA)・美浦トレーニングセンターの元騎手、調教助手 From Wikipedia, the free encyclopedia

木幡 初広(こわた はつひろ、1965年6月14日 - )は、福島県原町市(現・南相馬市)出身の元騎手・現調教助手

国籍 日本の旗 日本
出身地 福島県原町市
(現・南相馬市[1]
生年月日 (1965-06-14) 1965年6月14日(60歳)
身長 160.0cm(2018年)
概要 木幡初広, 基本情報 ...
木幡初広
青嵐賞パドック(2017年5月28日)
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 福島県原町市
(現・南相馬市[1]
生年月日 (1965-06-14) 1965年6月14日(60歳)
身長 160.0cm(2018年)
体重 51.0kg(〃)
血液型 O型
騎手情報
所属団体 日本中央競馬会(JRA)
所属厩舎 美浦稲葉隆一(1984年 - 1995年)
美浦・フリー(1995年 - 2018年2月)
美浦・杉浦宏昭(2018年3月)[2]
初免許年 1984年3月1日
免許区分 平地障害[3]
騎手引退日 2018年3月31日
重賞勝利 9勝(うち地方交流1勝)
G1級勝利 1勝(うち地方交流1勝)
通算勝利 13103戦802勝
(JRA12879戦784勝、地方競馬224戦18勝)
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来歴

競走馬の育成を兼業する農家の長男として生まれ[4]、少年期から預託馬に跨って調教の手伝いをして過ごした[5]。中学卒業後に馬事公苑騎手養成長期課程に32期生として入所し、中舘英二鹿戸雄一[6]坂本勝美出津孝一谷中公一と同期になる。木幡が入所した翌年には千葉県印旛郡白井町競馬学校が開校したため、馬事公苑で養成された最後の世代[6]となった。

1984年美浦稲葉隆一厩舎からデビューし、3月3日の中山第1競走4歳以上300万下・エドワーズシチー(13頭中2着)で初騎乗[7]を果たす。同馬に騎乗した5月13日新潟第1競走4歳以上オープンで初勝利、同日には初の1日2勝を挙げる[8]。初年度は7勝[9]に終わったが、2年目の1985年には11月30日12月1日中京で初の2日連続勝利[10]を挙げるなど、初の2桁勝利となる14勝[9]をマーク。

3年目の1986年には東京障害特別(秋)・ドクターエンジェル(8頭中5着)で重賞初騎乗[11]を果たしたほか、1989年には嶋田功厩舎の管理馬初出走となった3月5日の中山第8競走4歳以上400万下・ダビンチ(16頭中10着)、同日に重賞初出走となった弥生賞・アクアビット(16頭中5着)に騎乗[12]。同馬に騎乗した同25日の中山第10競走もくれん賞で嶋田に初勝利をもたらし[12]、嶋田のGI初出走[13]となった皐月賞(20頭中10着)でGI初騎乗[11]を果たした。

デビュー後しばらくは年間20勝以下の下位騎手であったが、1993年の28勝を皮切りに年間30勝前後を安定して記録する中堅騎手となった[9]

1995年からはフリーとなり、マイネルガーベで東京優駿に騎乗。 

1997年には桜花賞・ホーネットピアスでキョウエイマーチメジロドーベルに次ぐ3着[14]に入り、パルブライト新潟記念を制して重賞初勝利[15]を挙げ、フェアプレー賞を初受賞[16]

2000年秋の福島ではサクセスストレイン[17]で新馬戦を鮮やかに逃げ切り、3戦2勝で挑んだフェアリーステークスは中団から脚を伸ばしてテンシノキセキから1馬身差の2着と健闘[18]。明けて2001年クイーンカップを人気薄ながらも中団待機から脚を伸ばして制し、クラシックの伏兵となるも桜花賞は2着馬からコンマ2秒差7着で、優駿牝馬は勝馬とコンマ4秒差4着、秋華賞も4着に入り、勝ち切れないまでも同世代ではトップクラスの能力の持主であった[18]

2001年の新潟2歳ステークスではバランスオブゲームで3番手で楽に流れに乗ると、直線で最内へ持ち出してからはあっという間に抜け出し、追い出してからは後続との差がみるみる広げ、5馬身差をつけて圧勝[19]。馬主の薗部博之宗像義忠調教師に重賞初勝利をもたらしたが[19]、最終的に重賞を7勝する同馬が田中勝春以外の騎手が騎乗して重賞を勝ったのはこの時だけである[20]。暮れの朝日杯フューチュリティステークスではアドマイヤドンの4着に終わり、その後は3度騎乗して、2003年日経賞2着、2005年マイルチャンピオンシップ5着であった[20]

2002年にはメジロライアン産駒ウインブレイズカブトヤマ記念を繰り上がり勝利し[21]ウインに初タイトルをもたらすと[22]、続く福島記念も制して重賞を連勝[23]2003年には鳴尾記念でゴール前の接戦をクビ差制し[24]有馬記念ではシンボリクリスエスの5着と健闘[23]

2004年には自己最高の48勝を挙げて関東10位(全国20位)を記録し、若手騎手が台頭する中で30〜40勝をコンスタントに挙げる[9]

2006年にはダービーグランプリマンオブパーサーに騎乗し、逃げたバンブーエールの2番手をキープすると、道中も楽にレースを運ぶ[25]。3コーナーを回っても淡々とした流れで進み、直線で更に加速させると、ラスト50mで内で粘るバンブーエールを捕らえる[25]。初グレード挑戦がGI制覇の快挙となり[25]、木幡も管理する大久保龍志調教師と共にGI初制覇を挙げた[26]

2015年に同期の中舘が引退したため、現役最後の馬事公苑出身騎手となった。

2018年3月31日をもって騎手を引退。引退後は杉浦宏昭厩舎で調教助手となる[27]

エピソード

2011年4月、長男である木幡初也競馬学校に30期生として入学した[28]。2014年2月に卒業、2014年3月に騎手デビューを果たした。これに伴い、地方競馬における3文字表記が木幡初から木幡広に変更になった[29][注 1]

次男の巧也は2009年11月8日に東京競馬場で行われたイベント「全国ポニー競馬選手権・第1回ジョッキーベイビーズ」の関東予選で優勝、同競走の出場騎手に名を連ね、5着の成績を残した。2012年4月に競馬学校に31期生として入学[31]。2016年には騎手免許を取得し、親子3人騎手となった[32]

三男の育也は、2014年4月に競馬学校に33期生として入学し、2017年に卒業。同年3月1日付で騎手免許を取得したため、柴田政見政人利秋津曲忠美幸夫浩二に次ぐ中央競馬史上3組目の3兄弟ジョッキーとなった[33]2017年4月1日、中山競馬場の第6レースで木幡初広(父)、初也(長男)、巧也(次男)、育也(三男)が同一レースに騎乗する。親子4人が同一レースに出場するのはJRA史上初[34]。また同年6月3日、東京競馬場第1レースで、初也が1着・初広が2着に入り、JRA所属騎手では初となる親子ワンツーを決めた[35][注 2][注 3]。また、木幡の実姉は高校時代に馬術国体に出場しており[5]、地元の名物祭・相馬野馬追の神旗争奪戦で、女性としては珍しい神旗獲得者となった経験も持つ。

不祥事

2000年8月18日、乗用車を運転して中山競馬場の調整ルームに向かう途中、千葉県市川市内においてオートバイを運転していた男性と衝突し、相手方が死亡する交通事故を起こした[37]。この件で業務上過失致死罪に問われ、双方に過失があったとして罰金50万円を科された。この事故を受けて同年9月30日まで騎乗を自粛し、受賞資格を得ていた2000年度のフェアプレー賞を辞退した[38][39]。さらに翌2001年4月には日本中央競馬会より1か月間の騎乗停止処分を受けた[40]

騎乗成績

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日付競馬場・開催競走名馬名頭数人気着順
初騎乗1984年3月3日2回中山3日1R4歳以上300万下エドワーズシチー13頭22着
初勝利1984年5月13日1回新潟8日1R4歳以上エドワーズシチー5頭41着
重賞初騎乗1986年10月11日4回東京3日10R東京障害特別ドクターエンジェル8頭85着
重賞初勝利1997年8月24日3回新潟6日11R新潟記念パルブライト15頭21着
GI初騎乗1989年4月16日3回中山8日10R皐月賞アクアビット20頭910着
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年度1着2着3着騎乗数勝率連対率複勝率表彰
1984年7814123.057.122.236
1985年141225202.069.129.252
1986年111815191.058.152.230
1987年566112.045.098.152
1988年101418160.063.150.263
1989年202119203.099.202.296
1990年182325205.088.200.322
1991年131310192.068.135.188
1992年121816158.076.190.291
1993年281735270.104.167.296
1994年313129310.100.200.294
1995年213726337.062.172.249
1996年273539412.066.150.245
1997年313432392.079.166.247フェアプレー賞(関東)
1998年292828429.068.133.198
1999年263334445.058.133.209
2000年393026400.098.173.238
2001年293936503.058.135.207
2002年343643513.066.136.220
2003年425562657.064.148.242フェアプレー賞(関東)
2004年484957668.072.145.231フェアプレー賞(関東)
2005年433756666.065.120.204フェアプレー賞(関東)
2006年373550593.062.121.206
2007年334444584.057.132.207フェアプレー賞(関東)
2008年334752588.056.136.224フェアプレー賞(関東)
2009年364549611.059.133.213フェアプレー賞(関東)
2010年182838501.036.092.168
2011年202235452.044.093.170
平地71581591910877.066.141.225
障害01320.000.050.200
地方171729219.078.155.288
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主な騎乗馬

※括弧内は木幡騎乗時の勝利重賞競走。太字はGI級競走。

その他

出典

脚注

関連項目

参考文献

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