我路駅
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1972年(昭和47年)5月31日まで運行していた三菱鉱業美唄鉄道線(美唄鉄道)の鉄道駅であり、美唄駅から5番目の駅であった。美唄市の我路地区に位置し、当鉄道が運用されていた頃は我路地区住民の最寄の駅となっており、駅舎も設置されていた[1]。
当鉄道が敷かれる前からこの地区には炭鉱に従事する人々が集まって小市街を形成しはじめていた。このため鉄道が敷かれた当初より駅が置かれたが、これによりさらに人々が集まり、はじめはバラック作りではあったが、この市街の急速な発展は当時の人々を驚かせるほどであった。また、我路という地名は初代炭鉱長が付けたとされ、それが駅名になった。
廃止後は、駅舎は保存されず、1973年(昭和48年)にこの地域に最後まで残っていた北菱産業の我路炭鉱の閉山もあり、主力炭鉱閉山の相次いだ1960年代以降も残っていた周辺地域の住民の多くがこの地を離れた[2]。
