東美唄信号所 From Wikipedia, the free encyclopedia 所在地 北海道美唄市東明三区北緯43度20分6秒 東経141度53分33.5秒 / 北緯43.33500度 東経141.892639度 / 43.33500; 141.892639座標: 北緯43度20分6秒 東経141度53分33.5秒 / 北緯43.33500度 東経141.892639度 / 43.33500; 141.892639所属事業者 三菱鉱業所属路線 美唄鉄道線キロ程 2.7 km(美唄起点)東美唄信号所 ひがしびばい Higashi-Bibai ◄美唄 (2.7 km) (1.0 km) 東明► 所在地 北海道美唄市東明三区北緯43度20分6秒 東経141度53分33.5秒 / 北緯43.33500度 東経141.892639度 / 43.33500; 141.892639座標: 北緯43度20分6秒 東経141度53分33.5秒 / 北緯43.33500度 東経141.892639度 / 43.33500; 141.892639所属事業者 三菱鉱業所属路線 美唄鉄道線キロ程 2.7 km(美唄起点)駅構造 地上開業年月日 1942年(昭和17年)6月頃廃止年月日 1972年(昭和47年)6月1日備考 路線廃止に伴い廃止テンプレートを表示 東美唄信号所(ひがしびばいしんごうしょ)は、かつて北海道美唄市東明三区(現・美唄市東明2条)に存在した三菱鉱業美唄鉄道線(美唄鉄道)の信号場である。 第二次世界大戦中に非常用貯炭場と専用線が設けられた。戦後この貯炭場跡には国鉄の蒸気機関車用燃料のピッチ練炭需要に対処するための工場の一つとして三菱鉱業美唄煉炭工場が置かれ[1]、専用線も増設されてその工場用に転用された。当信号所はその専用線の分岐点に設けられた。 この専用線は東明駅が管理した[2]。 歴史 1942年(昭和17年)6月:戦時非常貯炭場への専用線敷設に伴い設置?。起点2,787 m[3]。 1953年(昭和28年)7月:三菱鉱業美唄煉炭工場設置[4]に伴い工場専用線の信号所となる。 1972年(昭和47年)6月1日:三菱鉱業美唄鉄道線廃止により廃止。 構造 当信号所から美唄方面に向かって、美唄煉炭工場への専用線が分岐していた[5]。 隣の駅 三菱鉱業 美唄鉄道線 美唄駅 - 東美唄信号所 - 東明駅 脚注 [脚注の使い方] ↑ 三菱鉱業社史 三菱鉱業セメント総務部社史編纂室編 1976年6月発行 P650。なお、当初は日本ピッチ練炭工業という会社が設立されて工場を建設し操業を開始したが、当時の国鉄は納入業者を大手鉱業会社数社に制限していたため納入できず、三菱鉱業が吸収合併する形になった。 ↑ 全国専用線一覧:連絡社線による。1970年版では北菱産業2.1 km。 ↑ 美唄市史 1970年7月発行 P563。 ↑ 美唄市史 P982。後に北菱産業煉炭事業部美唄工場。 ↑ 国土地理院 地図・空中写真閲覧サービス 1962年撮影航空写真 MHO622-C1-25 参考文献 北海道運炭鉄道追憶 美唄鉄道 いのうえこーいち編 2000年8月15日 プレス・アイゼンバーン発行 P130、136挿図。 表話編歴三菱鉱業美唄鉄道線(廃線) 美唄 東美唄信号所 東明 盤の沢 我路 美唄炭山 常盤台 この項目は、鉄道駅に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:鉄道/PJ鉄道)。表示編集 Related Articles