原作・企画・脚本・ゼネラル・プロデューサーを兼ねる野村秋介は新右翼の大物[3][4]。 製作のサム・エンタープライズ・グループは、製作クレジットの盛田正敏が社長を務めていた東京六本木にあった不動産会社[3][5]。盛田は、東京、神戸を拠点に不動産の地上げなどの事業を展開し、政官財から裏社会にまで、幅広い人脈を持った実業家[3][5][6]。野村と懇意にしており、野村の右翼活動費だけでなく、野村が趣味でプロデュースした映画事業費など[4]、多くの面倒を見て、資金提供は50億円にも上ったといわれる[3]。