政策移転

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政策移転(せいさくいてん、英語: policy transfer)は、ある政治システムにおける政策行政上の制度、組織、理念、技法に関する知識が、別の政治システムにおける政策形成や制度設計に利用される過程を指す概念である[1][2]。この概念は、外国や他地域の政策を単に模倣することだけでなく、他の政治的文脈で形成された知識や制度要素が、新たな政策文脈のなかで参照、翻案、再構成されることまで含む[2]

政策移転研究は、1990年代半ば以降、公共政策学比較政治学行政学、都市研究、比較教育学などで独立した研究領域として発展した[1][3]

政策移転は、ある政治システムにおける政策上の経験が、別の政治システムにおける政策形成へ利用されることに着目する概念である[2]。このとき移転される対象は、特定の政策手段だけではなく、制度設計、行政組織、法制度、理念、言説、政策技法など多岐にわたる[1][2]

政策移転は、国民国家間に限られない。地方政府間、都市間、国際機関と加盟国のあいだ、さらには専門家ネットワークやシンクタンクを介した越境的な政策循環も、政策移転の射程に含まれる[3][4]

概念の成立

政策移転研究の基礎は、リチャード・ローズの lesson-drawing 論など、他国の経験から学ぶ政策形成の研究にさかのぼるが、概念としての「政策移転」は、デイヴィッド・ドロウィッツとデイヴィッド・マーシュによって明確に定式化された[1][2]。1996年論文は、政策移転研究の主要文献を整理し、「誰が、何を、どこから、なぜ学ぶのか」という問いを提示した[1]

2000年論文では、政策移転を「ある政治的設定における政策、行政的取決め、制度、理念に関する知識が、別の政治的設定における政策や制度の発展に用いられること」と整理し、以後の研究の標準的参照枠組みを与えた[2]

定義と分析枠組み

ドロウィッツとマーシュは、政策移転を分析する際の主要な問いとして、誰が移転に関与するのか、何が移転されるのか、どこから学ぶのか、なぜ移転が起こるのか、どの程度の移転が行われるのか、どのような制約が存在するのか、という点を挙げた[2]。この枠組みは、その後の政策移転研究の基本的な分析視角となった[3]

この枠組みの重要性は、政策移転を単なる結果ではなく、複数の主体、動機、制度条件によって構成される過程として把握した点にある[2]

移転の主体

政策移転に関与する主体としては、政府官僚議員政党利益団体国際機関シンクタンク専門家ネットワークなどが挙げられる[2][3]。初期研究では国家や政府が重視されたが、のちの研究では、より多様な非国家主体や越境的ネットワークの役割が重視されるようになった[3][4]

移転される要素

政策移転の対象となるのは、政策目標、政策手段、制度設計、行政組織、政策理念、言説、実施技法、さらには政策評価の枠組みなどである[1][2]。したがって、政策移転は単一の制度のコピーではなく、複数の要素の選択的移植として生じることが多い[2]

類型

ドロウィッツとマーシュは、政策移転を自発的移転と強制的移転の連続体として捉えた[2]。自発的移転は、ある主体が他の事例から有用な知識を学ぼうとする場合を指す。他方、強制的移転は、国際機関、援助供与国、上位政府などによる圧力や条件付けのもとで移転が生じる場合を指す[2]

また、移転の程度についても、単純な模倣、制度の組み合わせ、理念の部分的導入など、さまざまな形態が存在するとされる[1][2]

失敗と限界

政策移転は常に成功するわけではない。ドロウィッツとマーシュは、移転失敗の要因として、不十分な情報、制度的文脈の差異、移転対象の誤認、不完全な導入などを挙げている[2]。この観点から、政策移転研究では「不完全移転」「不適切移転」「移転失敗」が重要な論点となっている[2]

隣接概念との関係

政策移転は、政策学習政策拡散政策収斂、lesson-drawing などの概念と密接に関連するが、同一ではない[2][3]。政策学習が知識や経験の蓄積と利用を広く扱うのに対し、政策移転は、どの知識や制度が、どの主体を通じて、どのように別の文脈へ持ち込まれたかに焦点を当てる[2]

政策拡散は、政策採用が複数の政治単位へ広がるパターンやメカニズムに注目する傾向が強いのに対し、政策移転研究は、より具体的な移転主体、移転内容、翻案過程を明らかにしようとする点に特徴がある[3]

実証例

政策移転概念は、多様な政策領域の事例研究で用いられてきた。代表例のひとつが、英米間のwelfare-to-work あるいは workfare 政策の移転である。ジェイミー・ペックは、1990年代のアメリカ合衆国とイギリスにおける福祉改革を検討し、就労中心の福祉改革が「第三の道」政策の典型例として越境的に移転したことを論じた[5]。この事例は、政策移転が単なる制度模倣ではなく、特定の政策理念や統治技法が別の制度文脈へ再配置される過程であることを示している[5]

都市政策の分野では、Business Improvement Districts(BIDs)が典型例として扱われる。ケヴィン・ワードは、ニューヨーク・マンハッタンで形成された BID モデルが、イギリスの都市へ移される過程を分析し、政策が「完成済みの制度」としてそのまま輸出されるのではなく、移動の過程で文脈に応じて選択的に再構成されることを示した[6]。この事例は、後の policy mobilities 研究へ接続する代表例ともみなされている[6]

比較教育学でも、政策移転は重要な分析概念である。近年の研究では、中国における職業教育制度の形成過程を対象として、日本の職業教育モデルの借用が政策移転の観点から検討されている[7]。また、日本語圏の比較教育学でも、リベリアの事例などを通じて「政策移転」概念の再検討が進められている[8]

これらの事例は、政策移転が国家間の制度借用だけでなく、都市間の政策循環や教育制度の歴史的借用など、多様な空間的・制度的文脈で生じることを示している[5][6][7]

研究の展開

政策移転研究は、当初の国家中心・政府中心の研究から、より多様な主体と空間を扱う研究へ拡大してきた[3]。ベンソンとジョーダンは、政策移転研究が初期の比較的狭い国家中心的枠組みから、多様な政策領域、さまざまなアクター、複数レベルのガバナンスへ広がったと整理している[3]

また、都市研究や人文地理学の分野では、政策移転研究はpolicy mobilitiesfast policy の議論へ接続し、政策が都市間・ネットワーク間を通じて循環し、翻訳される動態が重視されるようになった[9][10][11]。この流れでは、政策は完成済みの制度として単純に移植されるのではなく、移動の過程で選択的に変形され、各地の制度的文脈のなかで再組立てされるものとして理解される[9][10]

日本語圏における受容

日本語圏でも、「政策移転」という語は比較教育学や公共政策研究で用いられている。たとえば比較教育学においては、他国の教育制度や教育改革がどのように参照・導入されるかを分析する概念として政策移転が論じられている[8]。また、同概念は個別分野の研究文脈において、教育政策や制度借用を分析する際の用語として用いられている。

批判と課題

脚注

関連項目

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