教会堂
キリスト教の礼拝のための建築物
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教派による様式の特徴
初期キリスト教建築の教会堂

現存する最古の教会堂がシリア東部に位置するドゥラ・エウロポスの遺跡にある[3][4]。キリスト教公認以前の3世紀240年頃のもので、一般の民家を改造した集会所だった[4][5]。

313年のキリスト教公認(ミラノ勅令)後は古代ローマの集会場であるバシリカの形態を借用した長方形のバシリカ式教会堂が作られた[5]。身廊の両側に、列柱で隔てられた側廊、正面奥に半円形平面のアプシスを持つ平面構成。屋根は木造小屋組。身廊の天井は一段高く、側壁にクリアストーリと呼ばれる高窓を持つ。後に交差廊を加え、ラテン十字形を基本とする形式をとるようになった。
一方、古代には円形・正多角形を基本とする教会堂(集中堂式教会堂)も作られ、教会堂のほか、洗礼堂、墓廟としても用いられた。こちらはローマ帝国分裂後、東ローマに伝わり、ビザンティン建築の起源となったと考えられている。時代が下るにつれ、堂内に小礼拝堂などを併設するようになる。
ビザンティン建築の教会堂
正教会(東方教会)
西方教会
ロマネスク建築の教会堂
ロマネスク様式の教会堂は、11世紀以降に造られた。バシリカ形式の平面で、後にはヴォールト架構を導入した。ヴォールトによる側壁の面外方向への加重を、壁を分厚くすることによって受ける。地域、教派による多様性があり、様式としての統一性は薄い。
ゴシック建築の教会堂
ゴシック様式の教会堂は北フランスに生まれ、12世紀後半ごろからヨーロッパ全土へ広がる。リブ・ヴォールト、尖頭アーチ、飛梁(フライング・バットレス)の働きによって、ロマネスク建築の分厚い壁面とは対照的に、壁をできる限り少なくし、ステンドグラスに彩られた光あふれる空間を実現した。ゴシック建築の教会堂は、ステンドグラス・高い天井など最も教会堂らしい形をしていると言える。
ルネサンス建築の教会堂
ルネサンス様式の教会堂は、15世紀にイタリアで始まる。ローマの建築様式を復興し、古典的で調和の取れた様式である。
バロック建築の教会堂
バロック様式の教会堂は、ローマ、スペインなどで多く造られ、カトリックの対抗改革を背景に、動的、劇的な空間構成が取られる。
古典主義・新古典主義・歴史主義の教会堂
モダニズム建築以降の教会堂
ギャラリー
日本の教会堂

キリスト教伝来(1549年)から徳川幕府によるキリスト教禁教までの期間、日本各地に建てられた教会堂は現存しておらず、資料や出土遺物で確認できるのみである。建物内部は畳敷きで、仏教寺院風の外観の屋根に十字架を据え付けたようなものであった。「南蛮寺」などと呼ばれた。
本格的な西洋風教会は幕末ころから建築されるようになった。明治以降、西洋建築の技術が国内に入り、本格的な西洋風教会を造る機が熟してきた。古い時代のカトリックの教会堂は「天主(デウス)」にならい、「天主堂」とも呼ばれていた。長崎の教会群など、木造の素朴なものから、煉瓦積みのものなど、それぞれに信仰の形を映し出している。外国から来た宣教師が設計したもの、日本人が設計したものなど色々あるが、特に戦国期からのキリシタン伝統の残る、長崎を中心とした九州に数十件にのぼる天主堂建築を建てた鉄川与助の業績が大きい[6]。
ギャラリー
- 旧野首教会(1908年竣工)
- 今村天主堂(1913年竣工)
- 旧神戸ユニオン教会(1929年竣工)
- 山口サビエル記念聖堂(1952年竣工)
- 高山右近記念聖堂(1962年竣工)
