教来石宿

From Wikipedia, the free encyclopedia

種類古代宿場
座標北緯35度50分24秒 東経138度18分11秒 / 北緯35.84002度 東経138.30296度 / 35.84002; 138.30296座標: 北緯35度50分24秒 東経138度18分11秒 / 北緯35.84002度 東経138.30296度 / 35.84002; 138.30296
教来石宿
教来石宿の位置(山梨県内)
教来石宿
山梨県における教来石宿の位置
教来石宿の位置(関東地方内)
教来石宿
教来石宿 (関東地方)
種類古代宿場
所在地山梨県北杜市
座標北緯35度50分24秒 東経138度18分11秒 / 北緯35.84002度 東経138.30296度 / 35.84002; 138.30296座標: 北緯35度50分24秒 東経138度18分11秒 / 北緯35.84002度 東経138.30296度 / 35.84002; 138.30296

教来石宿(きょうらいししゅく)は、現在の山梨県北杜市に設けられた旧甲州街道宿場

旧甲州街道、江戸日本橋から41番目の宿場。現在の山梨県北杜市にあり、山梨県最後の宿場である。宿場の長さは4町30間、宿内家数は144軒で、宿内人口は684人、本陣1、脇本陣2、旅籠7(大3、中2、小2)であった[1]

江戸方の流川を渡った辺りから北が教来石宿内となる。大概帳によると教来石宿は本宿の下教来石宿と加宿の上教来石宿があった。(現在の)北杜市白州町下教来石の国道20号沿いに立つ「明治天皇御小休所跡」碑が河西家本陣跡で建坪120坪あった。

教来石では釜無川河原から採取される石(鳳凰石)を用いて、江戸時代中頃まで硯などの石細工が行われていた。

上教来石の域内には山口素堂出生地跡、山口口留番所跡などがある。

また教来石宿の南、(現在の)北杜市白州町鳥原には教来石姓を名乗っていた教来石民部(馬場信春)館跡がある[2]

地名の由来

山口口留番所

脚注

Related Articles

Wikiwand AI