野田尻宿

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種類古代宿場
座標北緯35度38分 東経139度04分 / 北緯35.63度 東経139.06度 / 35.63; 139.06座標: 北緯35度38分 東経139度04分 / 北緯35.63度 東経139.06度 / 35.63; 139.06
野田尻宿
種類古代宿場
所在地山梨県上野原市
座標北緯35度38分 東経139度04分 / 北緯35.63度 東経139.06度 / 35.63; 139.06座標: 北緯35度38分 東経139度04分 / 北緯35.63度 東経139.06度 / 35.63; 139.06
野田尻宿の位置(山梨県内)
野田尻宿
山梨県における野田尻宿の位置
野田尻宿の位置(関東地方内)
野田尻宿
野田尻宿 (関東地方)

野田尻宿(のたじりじゅく)は、旧甲州街道宿場の一つ。日本橋から数えて20番目の宿場山梨県上野原市にある[1][2]

上野原市は山梨県東部の郡内地方に位置し、東は神奈川県相模国)に接する。郡内地方は大部分を急峻な山地が占める地域であるが中世から武蔵国・関東方面に通じる交通路が存在し、江戸時代には甲州道中が整備される。甲州道中は鶴川、仲間川に沿いながら横断し、江戸から発して同道中の甲斐国の初宿である上野原とともに、鶴川宿野田尻宿犬目宿の各宿が設けられた。

1713年正徳3年)集落が形成される。1842年天保14年)には、本陣1軒、脇本陣1軒、旅籠は大2軒、中3軒、小4軒からなる小規模な宿場町であった。万屋、蔦屋、中田屋、鶴屋、紺屋、酒屋といった当時の屋号を今も残す。本陣跡は明治19年の大火で焼失した。現在も開発されず落ち着いたたたずまいを見せる[1]。上野原宿からは、野田尻宿を経て犬目宿へ至る[2][3]

交通アクセス

脚注

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