敵国人
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イギリス
1939年、第二次世界大戦が勃発すると、イギリスはユダヤ人や政治的難民を初めとしてナチの迫害を逃れた人々の避難先となった。当局ははじめ区別なく敵国住民と共にこれら難民を収容したが、イタリアが宣戦布告した後になって、かなりのイタリア人住民も危険人物とみなされて収容された。
ブリテン島からは比較的離れており、保養地としても利用されるマン島は「外国市民」("Alien Civilians")向けの居住地を提供するのに使用された(第一次世界大戦期から既に使用されていた)。ブリテン島から多くの被収容者を移動させる努力が払われた。1940年7月、北米へ向けてイタリア人とドイツ人(捕虜を含む)約1300人を輸送中の「アランドラ・スター」が雷撃され沈没した。居住区画が有刺鉄線で封鎖され、救命ボートも足りなかったため、イタリア人・ドイツ人743名が死亡し、乗組員・護送兵を合わせた死者総数は805名に達した。イギリス政府は、沈没時に収容者の無秩序な行動が原因で犠牲者が増えたと虚偽の発表をした。その後、生存者は輸送船「デュネラ」に移し変えられ、新たな敵国人も加わって総勢2,500名をオーストラリア・ニューサウスウェールズ州ヘイの収容所に輸送した。
