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齋木昭隆

日本の外交官 From Wikipedia, the free encyclopedia

齋木 昭隆(斎木昭隆、さいき あきたか、1952年10月10日 - )は、日本の外交官。外務省アジア大洋州局長、インド駐箚特命全権大使(兼ブータン駐箚)、外務審議官(政務担当)を経て外務事務次官を務めた。退官後中東調査会理事長、三菱商事取締役、伊藤園顧問、プリンスホテル顧問。

前任者河相周夫
生誕 (1952-10-10) 1952年10月10日(73歳)
国籍日本の旗 日本
配偶者斎木尚子
概要 齋木 昭隆, 外務事務次官 ...
齋木 昭隆
トニー・ブリンケン米国務副長官(左)と握手する齋木(2016年4月18日)
外務事務次官
任期
2013年6月 – 2016年6月
前任者河相周夫
外務審議官(政務担当)
任期
2012年9月 – 2013年6月
駐インド特命全権大使
任期
2011年 – 2012年
駐ブータン特命全権大使
任期
2011年 – 2012年
外務省アジア大洋州局長
任期
2008年1月 – 2011年
個人情報
生誕 (1952-10-10) 1952年10月10日(73歳)
国籍日本の旗 日本
配偶者斎木尚子
親齋木千九郎(父)
出身校東京大学教養学部
フレッチャー法律外交大学院
職業外交官
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父は元駐アルゼンチン大使の齋木千九郎(さいき せんくろう、1920年7月15日 - 1999年9月13日)、妻は外務省研修所長の斎木尚子である。祖父は齋木英一(さいき えいいち)

人物

駒場東邦高校、東京大学教養学部卒業後、1976年に外務省入省。2006年に駐米公使、2008年にアジア大洋州局長、2011年からインド駐箚特命全権大使(兼ブータン駐箚[1])を務めた。2012年9月には外務審議官(政務担当)へ就任。2013年6月、河相周夫の後任として外務事務次官に就任した。

北朝鮮による日本人拉致問題、核兵器開発問題交渉に携わってきた。

発言

ウィキリークスは2011年5月、齋木がアジア大洋州局長時代の2009年9月にアメリカ合衆国国務次官補のカート・キャンベルと行った会談にて、次のような発言を行ったとする在日アメリカ大使館発の公電の内容を公開した。

  • 公電は、当時の民主党政権(鳩山由紀夫内閣)が「対等な日米関係」を唱えていたことについて、齋木が「すでに対等なのに、鳩山総理や岡田外務大臣が何を考えているのかわからない」と述べたとしている[2]。また、「与党経験のない民主党は官僚をコントロール下に置き、アメリカに挑戦する新しい大胆な外交政策を打ち出すイメージの必要性を感じたのだ」としたうえで、「そのような考え方は馬鹿げたもので、学ぶことになるだろう」とも発言したとしている[2]。
  • 公電は、齋木が北朝鮮による日本人拉致問題に関連して、「北朝鮮は、安否不明の拉致被害者の何人かを殺害していると思う」「拉致被害者の何人かは生きていると思う」との発言をしたとしている[3]。齋木は発言内容を否定し、「全ての拉致被害者は生存していると強く信じており、その前提に立ってこれまでも北朝鮮側と交渉を重ねてきた」と述べている[3]。

経歴

同期

脚注

外部リンク

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