斉祇 From Wikipedia, the free encyclopedia 斉祇(さいぎ、永観元年(983年) - 永承2年7月29日(1047年8月23日))は平安時代中期の僧侶。藤原道綱の次男。権少僧都。 父は藤原道綱。母は播磨守藤原季孝の娘。天台僧で、勝算僧正の弟子。修学院に住んだ。永承2年(1047年)7月29日死去、享年65[1] [2]。 『紫式部日記』には斎祇が寛弘5年(1008年)7月、藤原道長邸の東の対で、腰をかがめ西壇の大威徳明王を礼拝する様子が記されている。また日記にはさいさ阿闍梨とあるが、「さいさ」は「さいぎ」の誤りだと考えられる [3]。 参考文献 上村悦子『蜻蛉日記の研究』(明治書院 、1972年) 上村悦子『蜻蛉日記解釈大成 - 第 7 巻』(明治書院、1992年) 角田文衞『紫式部伝 その生涯と『源氏物語』』(法蔵館、2007年) 脚注 ↑ 上村 1972, p. 364. ↑ 角田 2007, p. 469. ↑ 上村 1992, p. 355. 外部リンク この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。表示編集 Related Articles