斉藤吉広
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北海道旭川市出身[1]。1983年に一橋大学社会学部で社会問題・政策学を専攻し卒業後[2]、同大学院社会学研究科社会問題・政策専攻を修了し、修士(社会学)の学位を取得したのち[3]、1996年に同博士後期課程中退[4]。大学院時代は富沢賢治に師事した[3]。
在学中から都留文科大学や東京都立短期大学で非常勤講師として教鞭を執り[4]、1996年からは首都圏大学非常勤講師組合の初代委員長を務めた[4]。
2000年に稚内北星学園大学に情報メディア学部専任講師として着任[3]。2006年から教務部長となり[5]、2009年に教授に昇任[4]。2011年より学部長を[5]、2015年からは理事長兼学長を務めた[6]。2021年に学長を退任し[6]、同年から稚内市立図書館の郷土資料調査員として稚内市の市史編纂に携わった[5][3]。
2025年、脳梗塞のため死去。享年64[1]。自宅は稚内市緑[7]。同市むとう市民斎場で執り行われた葬儀では[7]、工藤広市長から、稚内市部門別功績表彰(教育功績表彰)が喪主に手渡され、市長から「長きに亘り本市市勢の振興発展に尽くされ、その功績は誠に顕著」などと挨拶がなされた[8]。