斎藤誠 (NAR)
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1979年4月14日の第1競走・トウスイカホウ(8頭中3着)で初騎乗を果たし、同17日の第6競走・ライダンボーイで初勝利を挙げる[2]。
1990年にはキタシバシンゲンで第1回群馬記念を制覇[3]。
1993年にはダービーテイオーで高崎ダービー[4]、1994年にはスプリンターズ賞[5] [6]・群馬記念[3]を制覇。
1997年にはタマルファイターとのコンビで活躍し、8月16日の新潟第9競走ダリア賞では8頭中6番人気で人気のタヤスアゲインと同着[7]ながら中央初騎乗初勝利[8]を挙げ、高崎所属馬の中央初勝利ともなった[9]。続く新潟3歳Sでは3番人気でクリールサイクロンの2着[10]、京成杯3歳Sではグラスワンダーの5着[11]と好走した[9]。
1999年11月6日の東京第12競走4歳以上500万下ではクラシックヒーローで15頭中12番人気ながら3着[12]に入った。
2000年にはサクラトウコウ産駒コイノボリで11月26日の東京第7競走ベゴニア賞を13頭中12番人気ながら4着に逃げ粘り[13]、三歳優駿を制覇[14]。
2001年1月7日の中山第9競走寒竹賞では16頭中14番人気のスーパーウインザーで2着馬とアタマ差3着でワイド万馬券を演出し[15]、青森産馬メタルカラーと共に遠征した2002年2月17日の東京第9競走春菜賞では見事に勝利[16]。
2002年3月23日の高崎第10競走すみれ特別・マインドプレジャー[17]が最後の勝利、翌24日の開設記念・グルメサンシャイン(12頭中11着)が最後の騎乗[18]となり[2]、同年限りで現役を引退[2]。
引退後は厩舎を開業し、翌月13日の第1競走C5普通・キングズハート[19]で初出走初勝利を記録[20]。
2004年5月30日の第1競走C5 22普通・ゴールデンリバー[21]で最後の勝利、7月19日の第10競走尾瀬特別・ローランカテドナル[22]が最後の出走となった[20]。
騎手通算成績
- 9884戦1550勝 勝率15.7%、連対率28.5%
- 主な騎乗馬
- キタシバシンゲン(1990年群馬記念)
- ダービーテイオー(1993年高崎ダービー、1994年スプリンターズ賞・群馬記念)
- コイノボリ(2000年三歳優駿)