斎藤誠 (ミュージシャン)

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生誕 (1958-01-03) 1958年1月3日(68歳)
出身地 日本の旗 日本東京都
学歴 青山学院大学卒業
ジャンル J-POP
斎藤 誠
生誕 (1958-01-03) 1958年1月3日(68歳)
出身地 日本の旗 日本東京都
学歴 青山学院大学卒業
ジャンル J-POP
職業
担当楽器
活動期間 1983年 -
レーベル
事務所
共同作業者
公式サイト LALALU MUSIC

斎藤 誠(さいとう まこと、1958年1月3日[3] - )は、日本音楽家シンガーソングライターギタリスト編曲家音楽プロデューサー。所属レコード会社エイベックス

東京都生まれ[4]青山学院大学卒業。愛称は、誠ちゃん[注 1]

音楽性

青山学院大学在学中に先輩の桑田佳祐原由子らと知り合って音楽活動を開始[4]、1983年にアルバム『LA-LA-LU』でシンガーソングライターとしてデビューした[7]サザンオールスターズのサポートギタリストとしても活躍している[4]

影響を受けた音楽家はビートルズポール・マッカートニーマウンテンエリック・クラプトンクリームデレク・アンド・ドミノスなど。主に1960年代から1980年代の洋楽を聴いたことが自身の音楽性を形成するきっかけとなった[8]。また、母親が言うには幼少期からオリジナルソングを作っていたとされる[9]

斎藤の音楽の知識や演奏におけるスキルについて桑田は信頼を寄せており、「底知れぬ驚異と圧迫感を感じた」「コイツにゃあ絶対敵わない」と青学時代から感じていた旨を語っている[6]。また、斎藤も「大学での出会いがなくてもリスペクトしていた」と語っているほど桑田の音楽の才能や人柄に敬意を払っている[10][4][11]

サザンのサポートメンバーとしての活動については「勉強の場」「掛け替えのない体験」「自ずとソロ活動でも大変な力になっているし、ギタープレイ自体も向上していく。さらに自分が求める音楽を見出すヒントにもつながっています」と語っている[8]

自身の楽曲のレコーディングではギターの他にもベースキーボードなどを演奏し、コンピュータ・プログラミングも自身で担当している[12]

人柄・エピソード

後述の「転勤族」の経歴もあって桑田からは「良い意味で付かず離れずの絶妙な距離感とバランス感覚を持った人」「いつも孤独かと思いきや、とにかく仲間を大切にする男である」と評されている[6]

桑田が言うには自身と異なり下ネタと曲がったことが大嫌いであるという[6]。ただし、2024年春に開催されたファンクラブ会員限定の桑田のソロライブ『JAZZと歌謡曲とシャンソンの夕べ~R60』のオープニングで桑田を呼び込んだ際には「不適切極まりない、チョメチョメ男をお呼びしましょう、出てこいや桑田佳祐!」という当時話題となっていたドラマ『不適切にもほどがある!』(TBSテレビ)と絡めた紹介を行っている[13]

来歴

出演

  • DENONミュージック倶楽部〜斎藤誠 出逢いがなければ始まらない〜(エフエム東京

作品

脚注

外部リンク

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