新世界 (絵画)
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元来、『新世界』はツィアニーゴのヴィラ・ティエポロのために描かれたフレスコ画の1点で、「新世界の間 (Portego del Nuovo Mondo)」を装飾していた。ヴィラ・ティエポロは1757年にジョヴァンニ・バッティスタ・ティエポロが購入したが、ほとんど居住することはなかった。彼は、1761年にスペイン、とりわけマドリードでの重要な委嘱を受け、1770年に突然同地で死去したからである[3]。
ヴィラ・ティエポロは、ジョヴァンニ・バッティスタの息子ジョヴァンニ・ドメニコの田舎の邸宅となり、彼はその装飾を行った。『新世界』以外に、1759-1797年までの間に『ヴィラでのメヌエット (Minuetto in villa)』と『ヴィラでの散歩 (Passeggiata in villa)』が描かれた[2]。

1907年、長年にわたって湿度のために引き起こされた損傷のため、これらフレスコ画は、当時のヴィラの所有者アンジェロ・ドゥオードによって壁から剥がされ、古美術商に売却された。次いで、『新世界』はヴェネツィアのコムーネによって購入され、カ・レッツォーニコの部屋に展示されるにいたった。ヴェネツィア共和国が終焉する1年前に完成したこれらフレスコ画で、ジョヴァンニ・ドメニコ・ティエポロはすでに共和国の没落を予兆している。「セレニッシマ (serenissima)」 (晴れやかな平和の状態) は、インドとアメリカへの新しい航路のために終わりを告げていたのである[4]。
なお、ジョヴァンニ・ドメニコ・ティエポロは、本作以前に同じ主題を来客用であったヴィラ・マルマラーナ・アイ・ナーニのサーラ・デル・カルナヴァーレ (Sala del Canevale) のフレスコ画ですでに採りあげている[5]。
