トロイアに入る木馬の行進
From Wikipedia, the free encyclopedia
| イタリア語: Processione del cavallo di Troia 英語: The Procession of the Trojan Horse into Troy | |
| 作者 | ジョヴァンニ・ドメニコ・ティエポロ |
|---|---|
| 製作年 | 1760年ごろ |
| 種類 | キャンバス上に油彩 |
| 寸法 | 38.8 cm × 66.7 cm (15.3 in × 26.3 in) |
| 所蔵 | ナショナル・ギャラリー、ロンドン |
『トロイアに入る木馬の行進』(トロイアにはいるもくばのこうしん、英: The Procession of the Trojan Horse into Troy)、または『トロイアの木馬の行進』(トロイのもくばのこうしん、伊: Processione del cavallo di Troia)は、18世紀イタリアの画家ジョヴァンニ・ドメニコ・ティエポロが1760年ごろ、キャンバス上に油彩で制作した絵画である。1918年に購入されて以来[1]、ロンドン・ナショナル・ギャラリーに所蔵されている[1][2]。同じくナショナル・ギャラリーに所蔵されている『トロイアの木馬の建造』[3]は本作と関連している[1]。
この絵画は、古代ローマの叙事詩人ウェルギリウスが『アエネイス』で記述するトロイア戦争の出来事を表している[1]。トロイアを巡る激しい攻防は10年にわたって続いていた。ある時、攻めるギリシア側の智将オデュッセウスは一計を案じる。彼は体内が空洞の巨大な木馬を作らせて、ギリシア軍の中でとりわけ優秀な大将たちとともに木馬の中に潜んだのである。そして、木馬だけを残して陣を引き払い、そのほかのギリシアの軍勢を船に乗せ、待機させておいた[2]。
翌朝、ギリシア軍が攻略を諦めて撤退したと思ったトロイア人たちは歓喜に沸いた。そして、残された木馬を戦利品として城壁内に入れ、祝宴を催す。トロイア人たちが寝静まったころ、木馬の中からオデュッセウスを初めギリシア軍の大将たちが出て、城門を開け放った。その後、船に待機していたギリシア軍がなだれ込み、トロイアは一夜にして崩壊してしまう。トロイアから脱出できたのはほんのわずかな者だけで、女は捕虜となり、男は子供から老人まで虐殺された[2]。
作品
画面では、人の背丈の倍以上もある木馬が車輪に載せられ、トロイアの城内に引き入れられている[2]。馬の横腹には、ラテン語で「PALADI VOTUM (パラス・アテナに捧げる) という文字が見える[1][2]。ギリシア神話によれば、ギリシア軍はスパイを使って、木馬が女神アテナ (知恵、勇気、武功で知られる[1]) への捧げものであることをトロイア人たちに信じ込ませたことになっている。それが本作ではこの銘によって示されている。トロイア人たちは城壁の上にまで溢れ、浮かれ騒いでいる[2]。画面中央の後景には、逮捕されたトロイア王の娘カサンドラが見える。彼女は木馬を引き入れれば大惨事が起きると預言したが、気が狂っていると宣告されたのである[1]。

ジョヴァンニ・ドメニコ・ティエポロは木馬が彫像であったことを顧みず、木馬を筋肉質の体とたてがみ、尾のある本物の馬のように描いている。馬のポーズは人々が馬を押している方向を強調するものとなっており、人々が群がっている高い壁と鋭く後退する空間が鑑賞者の視線を遠方の都市に導く。都市は様々な高さと様式の建物からなっているが、古代ローマの建物にもとづいており、巨大な胸壁は古代の要塞を思わせる[1]。
本作は関連作『トロイアの木馬の建造』同様、ずっと大きな作品のための習作であった[1]。習作であるため、画家は人物像の輪郭を素早く描き、それに三次元的外観付与するために彩色している。色彩は抑制されており、黄土色、ベージュ色、灰色などが主で、強い色彩的アクセントになっているのは中央の女性の赤いドレスのみである。本作にもとづく大作は1773-1774年に制作されたことがわかっているが、現在、行方不明となっている。一方、『トロイアの木馬の建造』の最終的な大作は、米国コネチカット州ハートフォードにあるワズワース・アテネウム美術館に所蔵されている[1]。