新井城
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城跡は、三浦半島の西岸、小網代湾と油壺湾の間に突出する標高26メートルの岬状の高台に位置し、現在東京大学大学院理学系研究科附属臨海実験所の敷地となっている付近が本曲輪とされる[1][2]。なお、三浦市の遺跡地図では、油壺の岬部分から三崎町小網代地区の内陸部まで、極めて広大な範囲を「新井城跡」としている[3]。
新井城の南東2キロメートルの三浦市役所付近には、同じく三浦氏の居城と言われ、後に後北条氏の城となった三崎城がある。従来、後北条氏関連の史料などから新井城と三崎城は別の城と考えられてきたが、近年では相模三浦氏時代には「三崎城」として単一の城を構成しており、後北条氏が同城南部の海側部分を改築した時に、旧城である新井城と、新城である三崎城に分けられたと考えられているという(三崎城参照)。なお、同市遺跡地図上では新井城と三崎城は別個の遺跡となっている[3]。

