新山城 From Wikipedia, the free encyclopedia 新山城(しんやまじょう)、または真山城は、島根県松江市法吉町にあった日本の城。 別名 真山城城郭構造 連郭式山城天守構造 なし築城主 平忠度か概要 logo新山城 (島根県), 別名 ...logo新山城(島根県)別名 真山城城郭構造 連郭式山城天守構造 なし築城主 平忠度か築城年 平安末期か主な改修者 吉川元春主な城主 平忠度、吉川元春、多賀元信、尼子勝久、毛利氏廃城年 慶長5年(1600年)遺構 郭、石垣、堀、土橋?指定文化財 未指定位置 北緯35度30分31.51秒 東経133度3分16.73秒 新山城 テンプレートを表示閉じる 概要 新山城は北山山脈の山間に位置し、山麓の白鹿城はもちろんのこと、宍道湖から中海まで、広く眺望が効く立地である。 平安末期平忠度により築城されたと伝わるが、毛利氏の白鹿城攻めの際に吉川元春が改修して陣を布き、現在の姿になった。書によっては、「真山」とも表記されている。 白鹿城落城後、毛利氏は白鹿城を廃止し、新山城に拠った。一時は山中幸盛率いる尼子残党に奪われたが、その間を除き、慶長5年の関ヶ原の戦い後に廃止されるまで毛利氏が維持した。 遺構 現在は山頂部から白鹿城のある南へ向かって階段状に郭が残り、小規模な石積も残っている。山頂本丸跡には、尼子勝久の碑も建てられている。 沿革 築城時期は平安末期か。 1563年(永禄6年)吉川元春が白鹿城攻めの陣を布き、同城落城後には多賀元信が入城。 1569年(永禄12年)尼子勝久を戴いた尼子残党が入城。 1571年(元亀2年)尼子勝久、毛利氏との戦いに敗れ没落。 1600年(慶長5年)関ヶ原の戦い後、毛利氏が周防・長門二国に減封され、廃城。 外部リンク 松江を探検 島根県遺跡データベース Related Articles