住友金属工業
かつて存在した日本の鉄鋼メーカー
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住友金属工業株式会社(すみともきんぞくこうぎょう、英: Sumitomo Metal Industries, Ltd.、略称:住友金属、住金)は、かつて存在した日本の大手鉄鋼メーカー(高炉メーカー)である。本社所在地は大阪府大阪市中央区北浜の住友ビルディング。関西経済界の重鎮(関西財界御三家)であり、住友グループの要として三井住友銀行(旧住友銀行)、住友化学とともに「住友グループ御三家」と称された。
1949年9月1日 - 2012年9月
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旧大阪本社(住友村、現・日本製鉄大阪支社) | |
| 種類 | 株式会社 |
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| 市場情報 |
大証1部(廃止) 5405 1949年9月1日 - 2012年9月 |
| 略称 | 住友金属、住金 |
| 本社所在地 |
〒541-0041 大阪府大阪市中央区北浜四丁目5番33号 |
| 設立 |
1949年(昭和24年)7月1日 (新扶桑金属工業株式会社) |
| 廃止 |
2012年(平成24年)10月1日 (新日本製鐵と合併し新日鐵住金となり解散) |
| 業種 | 鉄鋼 |
| 事業内容 |
鉄鋼事業 エンジニアリング事業 エレクトロニクス事業 |
| 代表者 | 友野宏(代表取締役社長) |
| 資本金 | 2620億7200万円 |
| 発行済株式総数 | 48億597万4238株 |
| 売上高 |
連結:1兆2858億4500万円 単独:8304億8600万円 (2010年3月期) |
| 営業利益 |
連結:△9億2800万円 単独:195億3000万円 (2010年3月期) |
| 純利益 |
連結:△497億7200万円 単独:△96億1600万円 (2010年3月期) |
| 純資産 |
連結:8792億900万円 単独:6398億9000万円 (2010年3月31日現在) |
| 総資産 |
連結:2兆4036億7000万円 単独:2兆325億9900万円 (2010年3月31日現在) |
| 従業員数 |
連結:2万3674人 単独:7079人 (2010年3月31日現在) |
| 決算期 | 3月31日 |
| 主要株主 |
住友商事 9.54 % 新日本製鐵 9.40 % 神戸製鋼所 2.34 % 日本生命保険1.8 % 三井住友海上火災保険1.4 % (2010年3月31日現在) |
| 主要子会社 | 住友鋼管 57.2 % |
| 関係する人物 |
住友吉左衛門(技監) 日向方齊(元会長) 島秀雄(元顧問) 熊谷典文(元会長) 廣田壽一(元会長) 鈴木昌(元鹿島製鉄所副所長) 大東和美(元九州支社長) 下妻博(元会長) 柳沢七郎(元社長) |
| 外部リンク | http://www.sumitomometals.co.jp/ |
2012年に官営八幡製鐵所を源流とする新日本製鐵と合併し、新日鐵住金となったことで住友グループを離脱した。現在の日本製鉄の前身の一つである。
概要
主な事業は鉄鋼業で、鋼管・薄板・厚板・建材・鉄道車両用品、条鋼などを生産した(粗鋼生産量は、旧新日本製鐵と合併する前年の2011年度には約1,271.8万トン[1])。特に継目無鋼管(シームレスパイプ)と呼ばれる原油・天然ガス採掘用の鋼管は世界的に定評があった。
主力製鉄所は鹿島と和歌山にあった。2004年には鹿島製鉄所内に大型の新高炉を建設しコスト競争力を向上させたが、和歌山は古い製鉄所のため生産効率が劣っていた。そのため、熱間圧延ミルラインの休止および上工程(製銑・製鋼ライン)の台湾・中国鋼鉄との合弁会社への分離など大リストラ策が実施された。特筆すべき事項として和歌山製鉄所の第4高炉は1982年2月23日の火入れ以降、2009年7月11日の吹き止めまで実に27年4か月(1万1日)稼働し、稼働日数世界最長記録を達成した。これにより国内同業の高炉の長寿命化に貢献した[2][3]。
1970年の新日本製鐵誕生より、銑鋼一貫メーカーは長らく6社[注釈 1]体制で安定していたが、2002年に日本鋼管と川崎製鉄が経営統合して、JFEグループが誕生。これに対抗し、新日鐵・住金と神戸製鋼所も同年、包括的な提携を結びJFEグループへの対抗姿勢を示した。
他の鉄鋼会社と同様に事業の多角化の一環で、半導体用シリコンウエハーの生産も手掛けていたが、収益が悪化して三菱マテリアルとの合弁会社である株式会社シリコンユナイテッドマニュファクチャリング[注釈 2]に移管。橋梁やエネルギー分野、環境関連エンジニアリングの分野でも事業を展開していた。
1989年、プロサッカーリーグ(Jリーグ)設立が具体化した際に参加表明し、当時の住友金属工業蹴球団から鹿島アントラーズとしてJリーグクラブを誕生させた。また、同クラブのホームスタジアムである茨城県立カシマサッカースタジアムの第2ゲートの命名権を取得し、「住金ゲート」[注釈 3]と命名した。
2012年10月1日に新日本製鐵と合併して新日鐵住金株式会社となり、住友グループから離脱。これにより、60年にわたり掲げ続けてきた「住友金属」の名が、新日鐵住金の英文社名「NIPPON STEEL & SUMITOMO METAL CORPORATION」に残るのみとなっていたが、同社は2019年4月1日に日本製鉄株式会社(NIPPON STEEL CORPORATION)に社名を変更したため、「住友」の名は完全に消滅した。
事業と拠点
以下は合併合意前の拠点一覧である。
本社・支社
- 本社
- 支社
製造拠点
鹿島製鉄所・和歌山製鉄所・小倉製鉄所の3か所に銑鋼一貫製鉄所を保有していた。鹿島製鉄所は鉄鋼・建材カンパニーに属す住金最大の拠点で、各種薄板、厚板、溶接鋼管、形鋼など、和歌山製鉄所は鋼管カンパニーに属し、各種薄板、継目無鋼管(シームレスパイプ)などを製造している。なお継目無鋼管は同じく鋼管カンパニーに属す特殊管事業所でも製造している。小倉製鉄所は1916年(昭和16年)に竣工した東京製綱株式会社小倉製鋼所をルーツで、株式会社浅野小倉製鋼所を経て戦後の1952年に住友金属工業小倉製鉄所となり住友金属工業が銑鋼一貫製鉄所となった歴史ある製鉄所だったが、2000年4月1日に産業再生法を適用して分社化された。その後、新日本製鐵と住友金属工業とが合併するにあたり本体に再合併され[4]、新日鐵住金の小倉製鉄所となった。
交通産機品カンパニーには大阪の「製鋼所」がある。ここでは、同カンパニーの鉄道車両用品、鋳鍛鋼品製品を製造した。
研究所
- 総合技術研究所
- 尼崎地区 - 兵庫県尼崎市扶桑町1番8号
- 波崎地区 - 茨城県神栖市砂山16番地1
- ステンレス・チタン研究開発部 - 新潟県上越市(直江津製造所内)
- 鋼板プロセス研究開発部 - 茨城県鹿嶋市(鹿島製鉄所内)
海外事務所
事業
製鉄事業
主要製品
- 鋼管カンパニー
- 交通産機品カンパニー
(Sミンデン型、東武8000系電車)
- エンジニアリングカンパニー
電力事業
製鉄所において石炭を燃料に発電(火力発電)し、独立系発電事業者 (IPP)として電力会社への電力の卸供を行っている。2007年(平成19年)、鹿島製鉄所にて住友金属鹿島火力発電所の運用を開始し、約50万キロワットの電力を東京電力に供給している。
沿革



前史
住金発足後
- 1947年(昭和22年)6月13日 - 昭和天皇が尼崎市の鋼管製造所に行幸(昭和天皇の戦後巡幸に一環)。鋼管の製造過程や圧延工程を視察[6]。
- 1949年(昭和24年)
- 1952年(昭和27年)5月 - 住友金属工業株式会社に商号を変更。
- 1953年(昭和28年)7月15日 - 小倉製鋼(旧・浅野小倉製鋼所)を合併、小倉製鉄所発足。高炉メーカーとなる。
- 1959年(昭和34年)8月24日 - 伸銅・アルミニウム圧延部門を分離し、住友軽金属工業を設立。
- 1961年(昭和36年)
- 1963年(昭和38年)1月7日 - 磁鋼・電子材料製造部門を分離し、住友特殊金属(現・NEOMAX)を設立。
- 1968年(昭和43年)12月1日 - 鹿島製鉄所発足。
- 1977年(昭和52年)6月 - エンジニアリング事業部発足。
- 1980年(昭和55年)1月 - 住友海南鋼管を合併、海南鋼管製造所(現・和歌山製鐵所海南地区)発足。
- 1991年(平成3年)7月31日 - キョウエイ製鐵(現・住金スチール)を設立。
- 1992年(平成4年)10月1日 - 日本ステンレス(当時、住友系で同社傘下のステンレス製品メーカー)と合併、直江津製造所発足。
- 1997年(平成9年)10月 - ステンレス・チタン建材事業を住友金属建材(旧・イゲタ鋼板(建設資材部門) + イゲタ建材 + 住金鋼材工業、現・日鐵建材)に譲渡。
- 1998年(平成10年)10月1日 - 住友シチックスを合併。
- 1999年7月30日 - 三菱マテリアル・三菱マテリアルシリコンと共同で株式会社シリコンユナイテッドマニュファクチュアリング(三菱住友シリコン株式会社を経て、現・SUMCO)を設立。
- 2000年(平成12年)4月1日 - 小倉製鉄所を分社し株式会社住友金属小倉、直江津製造所を分社し株式会社住友金属直江津を、それぞれ設立。
- 2001年(平成13年)
- 3月31日 - 住友金属工業製鋼所の敷地の一部と日立造船桜島工場跡地にユニバーサル・スタジオ・ジャパンが開園。
- 10月1日 - マイクロデバイス事業を分社し、住友金属マイクロデバイス(現・HDKマイクロデバイス)を設立。
- 2002年(平成14年)
- 2003年(平成15年)
- 2006年(平成18年) - 大阪高裁で住友男女差別訴訟が会社が3億4000万円を払うことで和解。
- 2011年(平成23年)
- 2012年(平成24年)
- 2019年(平成31年)4月1日 - 新日鐵住金が日本製鉄株式会社に商号変更し、承継会社からも「住友金属」・「住金」の名が消える。
歴代社長
主なグループ企業・団体
鋼板・建材カンパニー関連
鋼管カンパニー関連
- ジルコプロダクツ[注釈 4]
- 住金機工
- 住金ステンレス鋼管
- 住友金属パイプエンジ
- 住友鋼管
- 松下電工SPT
交通産機品カンパニー関連
- 住金関西工業
- 住金デザインエンジ
エレクトロニクス関連
- エス・アイ・テック
- SUMCO
- 住金セラミックス・アンド・クオーツ
- 中電レアアース
- 住友金属エレクトロデバイス
- HDKマイクロデバイス
その他
- 大阪チタニウムテクノロジーズ
- 鹿島アントラーズ・エフ・シー
- 共英製鋼
- 共英リサイクル
- 新日鐵住金ステンレス
- 住金鹿島総合サービス
- 住金関西ランドスケープ
- 住金興産
- 住金システム建築
- 住金直江津メンテナンス
- 住金フィナンシャルサービス
- 住金フソウ警備火災
- 住金フソウビジネス
- 住金物産
- 住金マネジメント
- 住金ユナイテッド和歌山
- 住金リコテック
- 住金リサイクル
- 住金和歌山ゼネラル
- スミキン・インターコム
- 住友金属テクノロジー
- 住友金属ファインテック
- 住友精密工業
- 住金精鋼
- 日鉄住金ロールズ
- 日鐵住金溶接工業
- 東アジア連合鋼鐵
かつてのグループ企業
住友金属工業が吸収合併した企業を除く。
- 住友特殊金属 → NEOMAX(日立金属に吸収合併)
- ダイキン工業 → 資本独立するも住友グループに残留
- スミハツ(旧:住金発条工業) → 日本発条子会社
- 小倉興産 →APAMAN(現:APAMAN)の子会社→ビケンテクノ子会社
- 三光純薬 → エーザイ子会社(現:エーディア)
- 住金ケミカル(旧:住金化工)→ エア・ウォーターへ譲渡(現:エア・ウォーターケミカル)
- 共同酸素 → エア・ウォーター(住友金属の協力会社、後に住友グループへ復帰)
- 住友金属システムソリューションズ → キヤノン販売へ譲渡(現:キヤノンITソリューションズ)
- 住倉工業 → 破産
- 住友軽金属工業 → 大和証券SMBCプリンシパル・インベストメントの第三者割当増資を受け入れ、持分法適用対象外へ(現:UACJ)
- 関東特殊製鋼
- 株式会社カントク - 関東特殊製鋼のロールおよび鍛造用金型事業の受け皿会社。住友金属工業の完全子会社として設立され、2006年4月に日鉄ハイパーメタル株式会社と経営統合し日鉄住金ロールズとなった。その後のグループ企業再編により法人格は日鉄住金関西マシニングが受け継ぐ[9]。
スポーツ
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提供番組
- 過去の提供番組
- JNNニュース(昼・隔日、1970年代前半頃まで)
- たけし・所のドラキュラが狙ってる
- 毎日甲子園ボウル(1992年・TBS系列全国ネット時代)