新日本宗教団体連合会
日本の新宗教団体の連合組織
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概要

新宗連の四本柱は「宗教協力」「信教の自由」「政教分離」「国民皆信仰」であったが[1]、50周年を期に「信教の自由を守ろう」、「宗教協力を進めよう」、「世界の平和に貢献しよう」といったテーマを「新宗連スローガン」として定めた[注 1][5]。世界の平和に貢献することを目的として、加盟教団それぞれの教義や立場を保ったままで、各教派が加盟している超宗派組織である。1968年には靖国神社公式参拝反対を理事会決議した。2003年にはイラク戦争に関連し平和式典を行っている[4]。
毎年日本の終戦記念日(8月15日)付近に国立千鳥ケ淵戦没者墓苑で「平和祈願式典」を開催しており、加盟教団構成員が共同して参加する[6]。2011年は8月14日、41教団2500人が参加[7]。
2011年、東日本大震災では、救援ボランティアを宮城県に派遣[8]。
2012年には70団体が加盟し、加盟教団の公称信者数を合わせると約1200万人とされたが[9]、2025年には55団体まで減少しており[2]、加盟教団数、公称信者数ともに大幅な減少がみられる。
団体データ
沿革
理事長
情報公開と透明性への取り組み
宗教法人法改正と情報開示制度(1995年)
1995年(平成7年)、オウム真理教事件を契機として宗教法人法が改正され、宗教法人の管理運営における透明性確保の仕組みが強化された[10][11]。
- 複数都道府県で活動する広域宗教法人の所轄庁を文部大臣(現・文部科学大臣)に変更
- 信者その他の利害関係人に対する財務会計書類等の閲覧請求権の付与(第25条)
- 所轄庁への役員名簿・財務書類等の年次提出義務
- 所轄庁の報告徴収・質問権の新設
新宗連は日宗連の協賛団体として、この法改正をめぐる議論に関与した。
学術シンポジウム「宗教法人と公益性」(2013年)
2013年(平成25年)2月8日、新宗連の「宗教法人研究会」は第1回公開シンポジウム「宗教法人と公益性」を東京都杉並区のセレニティーホールで開催した[12]。このシンポジウムは、宗教法人の透明性と公益性について学術的・実務的観点から議論する場として設けられた。 石村耕治(白鷗大学法学部教授)は宗教法人法の観点から、以下のように述べた[12]。
宗教法人は世俗的な側面で公益性ないし公器性を有していることの証しとして、透明性を確保し、法に定める適正なガバナンス(管理運営)の責務を果たすように求めている。
石井研士(國學院大學神道文化学部教授)は社会調査の結果に基づき、宗教団体への信頼度が調査対象15項目中最低の約15%であることを指摘し、「行政やメディアが論じる前に、きちんと(宗教者側が)議論したほうがいい」と自主的な議論の促進を呼びかけた[12]。
宗教法人の公益性に関するセミナー
日宗連は継続的に「宗教法人の公益性に関するセミナー」を開催しており、宗教法人に求められる3要素として以下を提示している[13]。
新宗連自体の情報公開実践
新宗連は「もしもし相談室」を開設し、宗教をめぐる問い合わせに電話で対応する体制を整えている[14]。これは市民からの相談に対応する情報提供の取り組みの一環と位置づけられる。
学術研究における評価
宗教法学者の藤原究は、宗教団体の公益性と情報開示について以下のように論じている[15]。
宗教団体の側で自主的なルール作りを行い、お互いを規律するとともに、情報開示を広く行うことで開かれた教団づくりを行うようでなければ信頼は獲得できない。今こそ、宗教団体側の自浄と自律が重要である。
政治との関わり
参議院の全国区・選挙では事務局長の楠正俊を当選させてきた他、比例区が導入されてからも山岡賢次を当選させている。1989年の参院選では山岡と日野仁彦を支援したが、日野は当選が見込めない24位という順位を不服として公示前夜に公認を辞退した[16][17][18]。
非拘束名簿が導入されてからは、2007年の参院選で民主党比例代表候補者である風間直樹、大島九州男と自由民主党の川口順子の3人を[19][20]、2010年の参院選で民主党比例代表候補者である藤末健三、白眞勲、喜納昌吉の3人を支援した[20][21][22][23]。2009年の衆議院総選挙では、公明党を下野させるために民主党に全面協力した[24]。
結成当初は自民党との関わりが強かったが、自民党が創価学会系の公明党と連立するようになってからは、党派を問わず個人を支援する姿勢に変わっている。
加盟団体
2025年現在、55団体が加盟している[2]。
| 団体名 | 信者数[25][注 2] |
|---|---|
| 阿吽阿教団[26] | 1,123 |
| 医王山立宗[27] | |
| 大神教[27] | 8,012 |
| 神ながら教[27] | |
| 掬営界教団[27] | 927 |
| 円応教[26] | 437,084 |
| 救世真教[26] | |
| 解脱会[26] | 94,300 |
| 現證宗日蓮主義仏立講[26] | 50 |
| 思親会[26] | 29,356 |
| 修養団捧誠会[26] | 3,245 |
| 護国不動尊本宮 | |
| 松緑神道大和山[26] | |
| 神恩教[27] | |
| 真生会[26] | |
| 真理実行の家 | |
| 神霊の家 | |
| 崇教真光[26] | |
| 聖中道会 | |
| 世界心道教[26] | 17,591 |
| 世界平和教団[28] | 7,018 |
| 善隣教[26] | 201,419 |
| 祖神道教団[28] | 176 |
| 大慧會教団[26] | 61,683 |
| 大日然教[28] | 450 |
| 大法輪台意光妙教会[26] | |
| 大和教団[26] | 100,066 |
| 玉光神社[26] | |
| 澄禅律院[26] | |
| 天恩教[26] | 195 |
| 天顕山晃妙寺[28] | |
| 天光教[28] | 174,965 |
| 天壌教 | |
| 天心教[26] | |
| 天真教[26] | 350 |
| 七曜会[26] | |
| 日月神一条[26] | 1,573 |
| パーフェクト リバティー教団(PL) | 93,158 |
| 日之教[26] | |
| 福聚の会[26] | |
| 平和観音妙庵 | |
| 法公会[26] | |
| 妙智会教団[26] | 698,197 |
| 妙道会教団[26] | 110,148 |
| 三輪神道宏充教[26] | 30 |
| 大和教[28] | 2,300 |
| 立正佼成会[26] | 1,801,218 |
| 良辨教本部教会[28] | |
| 霊波之光教会[26] | |
| 和光道教団[26] |
海外布教活動
概要
1990年代以降、新宗連加盟団体のアメリカなどにおける布教活動は「土着化」(indigenization)の成否によって異なる展開を見せた。日本語中心の活動から現地語への移行、日系人コミュニティから非日系人への布教対象の拡大に成功した団体が相対的に発展した一方、日本文化的性格を強く維持した団体は展開が限定的となった[29]。宗教学者Peter B. Clarkeは、現地語適応、文化的土着化、組織の多国籍化の3点を成否を分ける要因として指摘している[30]。
主要団体の布教活動
立正佼成会
立正佼成会は1959年にロサンゼルスで布教を開始し、2008年にRKINA(Rissho Kosei-kai International of North America)を設立した。Stewart Guthrieの研究によれば、同教団は法座(hoza)と呼ばれる小集団討議を通じた相互学習方式を特徴とし、これが異文化での布教において有効に機能したとされる[31]。渡辺雅子は、同教団が世界宗教者平和会議(WCRP)への積極的関与を通じて宗教間対話を重視する姿勢が、多元的宗教文化を持つアメリカ社会での受容を促進したと分析している[32]。
PL教団
PL教団は1960年代に北米(カリフォルニア州グレンデール)に進出した。中牧弘允の研究によれば、同教団は当初の奇跡信仰(oyashikiri)から生活倫理への教義的転換を実施し、「都市型倫理宗教」として核家族の問題(夫婦関係、子育て)に対応することで、非日系人への訴求力を高めたとされる[33]。この「土着化と多国籍化」モデルは、新宗教の海外布教研究における重要な理論的枠組みとなった。
金光教
金光教は日本文化的性格を強く維持したため、北米での教会数は14教会と1布教所に限定されている[34]。Delwin B. Schneiderの研究では、金光教が「仲介の宗教」として独自性を持つものの、その普遍宗教としての展開には文化的翻訳の困難が伴うことが示されている。
玉光神社
玉光神社は、初代宮司・本山博(1925-2015)を通じて複数の国際組織と関係を構築した。本山博は1972年に国際宗教・超心理学会(IARP: International Association for Religion and Parapsychology)を設立し、学術誌『Religion and Parapsychology』を発刊した[35][36]。本山博は超心理学研究者としても国際的に評価され、1962年にデューク大学よりMcDougall Research Fund Awardを受賞し[37]、1974年にユネスコにより「世界の著名な超心理学者10人」の一人に選出された[38]。本山は1992年に米国カリフォルニア州エンシニータス市にCIHS(California Institute for Human Science)を設立した[39]。
1995年以降の環境変化
1995年のオウム真理教事件は、新宗連非加盟団体を含むすべての日本新宗教に深刻な影響を与えた。Baffelli and Readerは、同事件が「宗教組織に対する公衆と政治の態度におけるパラダイムシフト」を引き起こしたと分析している[40]。McLaughlinの研究は、事件後に新たにアメリカに進出した日本宗教団体が「オウム真理教のような怪しい宗教(ayashii shūkyō)」という偏見に直面したことを実証的に示している[41]。
学術研究
日本側の研究では、川端亮・秋庭裕・稲場圭信らが「二段階の現地化」仮説を提唱し、現地語使用、教義翻訳、儀礼の現地適応、現地人リーダーの任命という4要因を特定した[42]。この枠組みは新宗連加盟団体の分析にも応用可能である。井上順孝は、1960年代以降の経済的拡大に伴う日本宗教の海外進出パターンを体系的に整理している[43]。
英語圏では、Helen Hardacreの研究が立正佼成会の母体である霊友会の包括的研究として、新宗連加盟団体研究の理論的基盤を提供している[44]。
関連項目
- 日本宗教連盟(日宗連) - 日本宗教界の団体。新宗連も加盟[45][46]。
- 世界宗教者平和会議日本委員会
- 日本宗教者平和協議会
- 教派神道連合会