新東日本フェリー
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本社が存在した蔦井ビル (2005年・現存せず) | |
| 種類 | 株式会社 |
|---|---|
| 本社所在地 |
〒064[1] 北海道札幌市中央区南4条西11丁目1292-4 蔦井ビル[1] |
| 本店所在地 |
〒104 東京都中央区銀座3-10-4 共同ビル新銀座 (東京本社)[2] |
| 設立 | 1972年1月14日[2] |
| 業種 | 海運業 |
| 代表者 | 蔦井政信(代表取締役社長)[3] |
| 資本金 | 8億円[4][2] |
| 支店舗数 | 2[2] |
| 主要株主 |
東日本フェリー 丸善石油 同和火災海上保険 全国農業協同組合連合会[5] |
| 関係する人物 | 蔦井與三吉(初代社長) |
| 特記事項:1985年解散[3] | |
新東日本フェリー株式会社(しんひがしにほんフェリー 英:Shin Higashi Nihon Ferry Co.,Ltd[2])は、かつて日本に存在した海運会社。
東日本フェリーの関東 - 道央間の航路開設を念頭に置いた長距離フェリー航路進出による航路網強化を目的として、東日本フェリーと同社役員や丸善石油・同和火災海上保険の出資により1972年に設立[6]。苫小牧 - 仙台・苫小牧 - 鹿島の2航路の開設を計画し[7]、1973年2月に苫小牧 - 仙台航路の免許を取得し同年12月に就航[8]。その後鹿島航路計画は鹿島港を工業港・大洗港を流通港とする茨城県の方針を受け大洗港への航路計画に変更されている[9]。
会社のスローガンには栄光・勝利を意味する「VICTORY」を据えてイメージ戦略を行い「V」にスピード感や力強さと企業の躍進をイメージしたものとし、船名は「V」から始まる星座や神話にまつわる命名を行い、その後親会社東日本フェリーの新造船にも同様の命名が踏襲された[10]。また仙台 - 苫小牧航路が仙台七夕や北海道・航海と星に深い縁があるものとして「スターライン」の愛称が付けられ[10]、後に東日本フェリーが運航する八戸 - 室蘭・苫小牧航路といった中距離航路にも同愛称が用いられている[11][12]。
しかしオイルショックの影響もあり関東方面の航路計画が停滞し[9]、設立当初の計画を下回る営業成績となり[13]、設立以来赤字が続き1984年3月期末にて約22億円の累積欠損が生じており[14]、また短距離航路と長距離航路で設立当初存在していた海員の就労体制の差が無くなったこともあり大洗 - 室蘭航路就航に向けた企業基盤の強化を目的として1984年10月に東日本フェリーへ苫小牧 - 仙台航路事業を譲渡し翌年3月に解散[13]。