新潟市体育館
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| 新潟市体育館 Niigata City Gymnasium | |
|---|---|
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| 正式名称 | 新潟市体育館 |
| 収容人数 | 4,000人[1] |
| 設計者 | 加藤宮川研究室[1] |
| 施工 | 吉田組[1] |
| 建築主 | 新潟市 |
| 事業主体 | 新潟市 |
| 管理運営 | 新潟市開発公社・新潟アルビレックスランニングクラブ |
| 敷地面積 | 11,530 m2 |
| 延床面積 | 5,994.14 m2 |
| 階数 | 地上3階・地下1階 |
| 着工 | 1959年3月27日[1] |
| 竣工 | 1960年11月3日(完工式)[1] |
| 所在地 |
〒951-8132 新潟県新潟市中央区一番堀通町3番地1 |
| 位置 | 北緯37度54分44.1秒 東経139度2分18.4秒 / 北緯37.912250度 東経139.038444度座標: 北緯37度54分44.1秒 東経139度2分18.4秒 / 北緯37.912250度 東経139.038444度 |
新潟市体育館(にいがたしたいいくかん)は、新潟県新潟市中央区の白山公園内にある体育館。施設は新潟市が所有し、新潟市開発公社・新潟アルビレックスランニングクラブが共同で指定管理者として運営管理を行っている。
1950年代後半、新潟市は1964年開催の国民体育大会に向けて競技施設の拡充を要していた。また加えて、市内にあるホール施設は白山公園内の新潟市公会堂(1938年開館)しかなく、大規模な集会を行うための施設が不足していた。こうしたことから、ホール施設としても兼用できる体育館を整備する方針が決まり、白山公園の南側園地である「白山総合運動場」の新潟市営白山野球場南側敷地で整備事業が進められ、1960年10月に竣工。11月3日に竣工式が執り行われた。
しかし同年、国体終了後に襲った新潟地震で周辺は液状化現象による噴砂などの被害を受けた。
市体育館ではこれまで、各種スポーツ競技が開催されてきた。テニス、プロレスリングの試合会場としても使用された他、当時新潟市内には本格的なアリーナ型施設が無かった事からコンサートに使用されたこともある。
1970年代から1980年代に掛け、白山公園内の施設は老朽化が進んだ。かつて市体育館1階競技場の空調設備は、天井に設置された赤外線ガスヒーターしかなく、冷房の設備はなかった。このため館内の空調は著しく悪く「夏場は蒸し暑く、冬場は寒い」と不評であった。エアコンが設置されたのは1990年代に入ってからの事だった。その後、市内には新潟市鳥屋野総合体育館、新潟市東総合スポーツセンターが新設され、それ以外にも新潟市産業振興センターや朱鷺メッセなど、アリーナ型施設が相次いで整備された事もあり、市体育館は老朽化した上にスタンドが狭隘で収容人員も1,400人と少ないことから、現在市内で行われる大規模なスポーツイベントは前掲の施設で開催される事が多くなっている。しかし現在も、プロレス各団体が中央区内で開催するイベントにおいては主に当体育館を使用しており、またアマチュアにおいても全国高等学校選抜レスリング大会などが継続して開催されている。2012年にはセンダイガールズプロレスリングが興行を打ったが、同団体代表の里村明衣子が新日本プロレスを観戦してプロレス入りのきっかけとなったのは当体育館である。
なおBリーグに所属する新潟アルビレックス(現新潟アルビレックスBB)はチーム設立当初、この市体育館をホームアリーナとして使用していた。
2012北信越かがやき総体ではボクシング会場となった。
建築
施設概要
- 1階競技場
- 面積:1,320m2(40×35m)
- 最低天井高:12m
- バスケットボール、バレーボール、テニス:2面、バドミントン:8面、卓球:24面
- 収容人数:4,000人(アリーナ部:パイプ椅子2,592人、2階観覧席:木製ベンチ1,408人)
- 北練習場
- 面積:180m2
- レスリング等
- 南練習場
- 面積:180m2
- 卓球:7面
