白山神社 (新潟市中央区一番堀通町)
新潟市中央区一番堀通町の神社
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歴史
神社建立の年代は、永禄(1558年~)と天正(1573年~)の2度の火災により古記録を失っているため不詳であるが[2]、延喜(901年~)とも寛治(1087年~)とも伝えられる[2]。また元亀(1570年~)に 白山神社別当であった宝亀院住職の憲海が、宝剣と宝鏡と十一面観音銅像を白山神社に安置した記録が残されている[2]。この十一面観音像は明治元年の神仏分離により宝亀院[3]へ帰されて現存する[2]。
戦国時代には上杉景勝が戦勝の際に寄進するほどの大社であった[2]。
明治6年(1873年)に明治政府により公園(白山公園)設置の布達が出されると、公園造営のため境内の松林に建立されていた摂末社を本殿に合祀したため、多くの祭神を祀ることとなった[2]。
古くは式内社に列せられ、『延喜式神名帳』に「越後国沼垂郡 船江神社」と記されている[2]。大正13年(1924年)に県社に昇格し[2]、昭和56年(1981年)には別表神社に昇格した[2]。
