日光寺 (愛知県設楽町)
From Wikipedia, the free encyclopedia
位置
北緯35度03分21.3秒 東経137度31分54.6秒 / 北緯35.055917度 東経137.531833度座標: 北緯35度03分21.3秒 東経137度31分54.6秒 / 北緯35.055917度 東経137.531833度
山号
田峯山
宗派
曹洞宗
| 日光寺 | |
|---|---|
|
| |
| 所在地 | 愛知県北設楽郡設楽町田峯寺前5 |
| 位置 | 北緯35度03分21.3秒 東経137度31分54.6秒 / 北緯35.055917度 東経137.531833度座標: 北緯35度03分21.3秒 東経137度31分54.6秒 / 北緯35.055917度 東経137.531833度 |
| 山号 | 田峯山 |
| 宗派 | 曹洞宗 |
| 本尊 | 釈迦牟尼仏 |
| 中興 | 克補契嶽(泉龍院) |
| 法人番号 | 6180305007816 |
歴史
中世後期の田峯には日光寺と田峰観音(高勝寺)の二つが存在した[3]。日光寺の中興開山は南設楽郡新城の泉龍院の克補契嶽である[3]。中興開山は田峯菅沼氏の菅沼定信であり、文明4年(1472年)には田峯菅沼家の菩提寺となった[3]。宝飯郡豊川の曹洞宗寺院である豊川稲荷(妙厳寺)に属し、近世には宗判寺の扱いを受けていた[3]。田峯村のみならず、折立村・筒井村・桑平新田・栗嶋村を統括しており、黒印除地15石4斗3升3合余があった[3]。
江戸時代初期の正保元年(1644年)に日光寺が焼失した際、田峯の村人は天領だった段戸山の木を誤って伐採してしまった[4]。これによって村人らは代官から盗伐の疑いをかけられたが、村人らが田峰観音に歌舞伎を奉納したところ、代官による検分の日には6月なのに降雪して切株が隠され、盗伐の罪を免れたという[4]。これ以後、田峰観音の大祭では奉納歌舞伎が続けられている[4]。