日和山 (石巻市)
宮城県石巻市にある山
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歴史
1983年(昭和58年)に行われた発掘調査によって、石巻城の遺構であると思われる大規模な城郭が日和山にあったことが確認された。鎌倉時代に源頼朝の家人であった葛西清重が奥州合戦の恩賞として牡鹿郡を始めとする近隣の数カ所を受領し、日和山に石巻城を築いたとされる。葛西氏とその所領は天正18年(1590年)に豊臣秀吉に滅ぼされるまで維持された。
江戸時代に書かれた地誌によれば、山の名は石巻から商船が出航する前に、この山に登って天候を観察したことからついたという[5]。参詣のため、風景を眺めるために登る人が多かった[6]。元禄2年5月10日(グレゴリオ暦1689年6月26日)には松尾芭蕉が訪れ、同行の弟子河合曾良が眺望を日記に記した[7][8](『おくのほそ道』)。現在、山上に芭蕉と曽良の像がある。
現在は山の一部が日和山公園として整備されている。日和山から日和大橋越しに見る旧北上川河口と太平洋、内海五郎兵衛が私財を投じて架けた内海橋と旧北上川の中洲である中瀬の風景は、石巻の象徴的な景色である。2011年(平成23年)3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)の際は、眼下の市街地の広範囲が津波により被害を受けたが、多くの市民がこの山に登って避難した。
