日本とコソボの関係
日本とコソボの二国間関係
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歴史

日本生まれの緒方貞子国連難民高等弁務官は1998年11月に公式声明を発表し、コソボ紛争下のコソボ・メトヒヤ自治州に住む民間人が毎日のように暴力と虐待に直面し、推定17万5000人がコソボで国内避難民となっていることを明らかにした。彼女は報告書の中で、コソボ難民や帰国者を保護すること、並びに現地における関連問題の解決を模索することに対して永続的な関与を示した[3]。凄惨な暴力を止めて一日も早くコソボの平和と繁栄を取り戻すために、日本政府は1999年4月に国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)を含む国際機関や、アルバニアやマケドニア共和国(現在の北マケドニア共和国)など多数のコソボ難民を受け入れている周辺国への支援を宣言した[4]。
同紛争にて、コソボ系アルバニア人のベシアナ・ムスリュウ(1998年当時1歳9ヶ月)という女性の家にセルビア軍の砲撃が着弾。ベシアナは大火傷をしたが、父親によって救出された。その後、ベシアナは特定非営利活動法人・ADRAの日本支部(ADRA Japan)の援助によって東京衛生アドベンチスト病院にて治療を受けた。2000年から11年の長きにわたり、15回の手術を行ったことで治療に成功[5]。ベシアナは日本とコソボの架け橋の象徴になっている。
コソボは2008年2月17日にセルビアからの独立を宣言し、日本は2008年3月18日に独立を承認した[1]。日本は、アフガニスタン、トルコと台湾に次いでコソボ共和国を承認したアジアで4番目の国である。
2010年7月16日、東京にコソボ大使館が開設された[6]。
2018年1月、安倍晋三内閣総理大臣は東南欧諸国を歴訪した際に西バルカン協力イニシアティブの立ち上げを提案した。安倍首相はその時コソボを訪問しなかったが、同イニシアティブではコソボ共和国を含む西バルカン諸国に対する二国間支援の強化、地域協力の支援、大使館の新設などを強調している[7]。イニシアティブの一環として、2年後の2020年1月1日、コソボの首都プリシュティナに日本国大使館が開設された[8][9]。
2023年10月、日本のコソボへの支援、そして日本とコソボ及び西バルカン諸国の関係促進への故安倍晋三元総理の貢献を記念してプリシュティナにて安倍晋三公園の除幕式が行われた。[10]
2025年5月、山梨県甲府市の山梨学院大学研究室内に在山梨コソボ共和国名誉領事館を開設。名誉領事として、同大学長代理の秋田辰巳が就任した[11]。
要人往来

日本からコソボへの要人訪問
コソボから日本への要人訪問
- (2000年2月: ベルナール・クシュネル国際連合コソボ暫定行政ミッション特別代表)[13]
- 2004年4月: バイラム・レジェピ首相[13]
- 2011年12月: エンヴェル・ホジャイ外務大臣、ダルダン・ガシ環境・空間計画大臣[2][17]
- 2012年6月: ハシム・サチ首相、エンヴェル・ホジャイ外務大臣、ラマ・ブヤ教育科学技術大臣、ベドリ・ハムザ財務大臣[2][18]
- 2013年9月: ベルナルド・ニカイ貿易・産業副大臣、ヴァルドリン・ルカ投資促進庁長官[2][19]
- 2013年10月: ラマ・ブヤ教育科学技術大臣[2][20]
- 2014年4月: ハシム・サチ首相、ベシム・ベカイ財務大臣、ベルナルド・ニカイ貿易・産業大臣[21]
- 2018年3月: ベフジェット・パッツォーリ第一副首相兼外務大臣、ヴァルドリン・ルカ経済開発大臣[2][22]
- 2019年3月: カドリ・ヴェセリ議長[23][24]
- 2019年9月: ハシム・サチ大統領[2][25]
- 2019年10月: ハシム・サチ大統領[2][26][27]
- 2021年7月: ヴィヨサ・オスマニ大統領[28]
スポーツ
柔道は日本発祥の格闘技で、1964年に男子の夏季オリンピック公式競技として、1992年に女子の夏季オリンピック公式競技に組み込まれた[29]。コソボ柔道連盟は、2012年に国際柔道連盟とヨーロッパ柔道連盟に加盟した[30]。コソボ系アルバニア人の女子柔道家マイリンダ・ケルメンディは、リオデジャネイロ開催の2016年夏季オリンピックでコソボ初の金メダルを獲得するという形で大成功と勝利を収めた[31]。 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の世界的な流行により2021年に開催された東京2020オリンピック競技大会の柔道競技女子48kg級で、コソボ系アルバニア人の柔道家ディストリア・クラスニキが金メダルを獲得した。これはコソボにとって東京2020大会における初の金メダル、オリンピック全体では2個目の金メダルである[32]。