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日本児童図書出版協会

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日本児童図書出版協会(にほんじどうとしょしゅっぱんきょうかい)は、児童書を発行する出版社で組織された出版社団体。「児童図書出版文化の向上と優良児童図書の普及」を目的として1953年に児童書出版社14社により設立された[1]。児童図書の目録の発行や、子どもの読書推進の活動などを行っている。

事業内容

歴代会長

  • 初代(1953年3月 - 1972年5月):岩崎徹太
  • 2代(1972年5月 - 1974年4月):浦城光郷[2]
  • 3代(1974年4月 - 1989年9月):今村廣[3]
  • 4代(1989年 - ):大川松利
  • ( - 2021年):竹下晴信
  • (2021年 - ):岡本光晴[4]

沿革

1953年(昭和28年)3月18日、学校図書館法の成立が近いとされる中で、児童図書の出版団体の創立準備会が開催される[5]。出席したのはあかね書房、岩崎書店、小山書店、河出書房、小峰書店、三十書房、実業之日本社、筑摩書房、同和春秋社、牧書店の10社で、議長は岩崎書店の岩崎徹太が務めた[5]。3月26日に設立総会が開催され、先に挙げた10社のうち実業之日本社を除いた9社および偕成社、さ・え・ら書房、恒星社厚生閣、福村書店、ポプラ社の5社を加えた計14社により「児童図書出版協会」が設立される[5]。なお恒星社厚生閣は参加したがこのときは入会しなかった[5]。その後、誠文堂新光社、金子書房、宝文館、東洋書館、実業之日本社の5社が加わり4月11日時点では計18社となり、さらに8月の総会で国土社が入会した[5]。

1954年(昭和29年)6月に新潮社が入会[6]。

1955年(昭和30年)1月に講談社が入会[7]。11月の総会で会の名前を「日本児童図書出版協会」に改称する[8]。

1956年(昭和31年)1月に恒星社厚生閣[9]、11月に保育社が入会[10]。


1975年(昭和50年)2月、牧書店がアリス館牧新社として改組、経営等が踏襲されることを確認し引き続き会員社として残る[11]。4月1日、『日本児童図書出版協会/20年のあゆみ』を発行[12]。

1978年(昭和53年)3月、恒星社厚生閣が退会[13]。6月、図鑑の北隆館が福田出版に社名変更[14]。8月、新潮社が退会、筑摩書房が休会[15]。10月、評論社、PHP研究所、文化出版局、佑学社が入会[16]。

1979年(昭和54年)9月、筑摩書房、北隆館が復会[17]。10月、秋田書店、ほるぷ出版が入会[18]。

1981年(昭和56年)8月、アリス館牧新社がアリス館に社名変更[19]。12月、金子書房が退会[20]。

1983年(昭和58年)10月、草土文化、太平出版社が入会[21]。

1985年(昭和60年)6月、秋書房が入会[22]。10月、佼成出版社、ひさかたチャイルドが入会[23]。

1987年(昭和62年)10月、くもん出版、福武書店、冨山房が入会[24]。

1989年11月、農山漁村文化協会、リブリオ出版が入会[25]。

1991年12月、筑摩書房が退会[26]。

1992年6月、教育画劇、汐文社が入会[27]。

1992年(平成4年)6月時点の会員社は、あかね書房、秋書房、秋田書店、あすなろ書房、アリス館、岩崎書店、旺文社、偕成社、学習研究社、教育画劇、金の星社、くもん出版、佼成出版社、講談社、国土社、小峰書店、さ・え・ら書房、実業之日本社、集英社、小学館、新日本出版社、誠文堂新光社、草土文化、太平出版社、大日本図書、汐文社、童心社、農文協、ひかりのくに、ひさかたチャイルド、評論社、PHP研究所、福音館書店、福武書店、冨山房、フレーベル館、文化出版局、文研出版、平凡社、保育社、ほるぷ出版、ポプラ社、佑学社、リブリオ出版、理論社の45社[28]。

1993年(平成5年)3月26日、『日本児童図書出版協会四十年史』を発行。

会員社一覧

脚注

参考文献

外部リンク

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