日生諸島
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日生諸島のランドサット画像 | |
| 地理 | |
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| 場所 | 瀬戸内海(播磨灘) |
| 座標 | 北緯34度42分05秒 東経134度18分00秒 / 北緯34.70125度 東経134.30度座標: 北緯34度42分05秒 東経134度18分00秒 / 北緯34.70125度 東経134.30度 |
| 諸島 | 備讃諸島 |
| 島数 | 13[1]~14[2] |
| 主要な島 | 大多府島、鹿久居島、頭島、鴻島、長島 |
| 行政 | |
| 都道府県 |
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| 市町村 |
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| 追加情報 | |
| 時間帯 | |

島のリスト
空撮画像
- 大多府島
- 鹿久居島
- 頭島
- 鴻島
- 長島
- 曽島
- 鶴島
- 取揚島
地誌
日生の海岸線は沈降性海岸の特徴を明瞭に示しており[21]、山の斜面がそのまま海まで落ち込んでいる[22]。日生諸島の島々では、切り立った険しい海食崖と海蝕洞があちこちにある[7]。
鹿久居島は面積10.17平方キロメートルと岡山県内の島のなかでは最大で[11]、日生諸島のなかでは最も北にある[10]。本州本土とのあいだの海峡は「うちわだの瀬戸」と呼ばれている[23][18]。流紋岩でできた島で[10]、ほとんどが山地で平地はわずかしかない[23]。島内からは、縄文時代晩期の土器・青磁器片や平安時代以降のさまざまな産地の陶片などが出土しており[10][11][24]、往古は「鹿久居千軒」と呼ばれる漁民の集住地があったと言うが、やがて無人となったという[23]。近世には岡山藩が鹿狩りや馬牧、流刑地に利用、島名は、島内にシカが多かったことに由来すると伝わる[23][25]。1947年(昭和22年)に52世帯が入植し、畑作が試みられたが、昭和30年代までに多くが離島した[10][24]。残った者は観光客向けのミカン栽培に転向し、近年は「古代体験」を売りにした観光施設が運営され、竪穴建物や高床建物を再現して宿泊客をあつめている[11][26]。島の東南端には鵜石鼻灯台がある[27][18]。かつて中国電力が原子力発電所の建設を計画したことがある[25]。2015年(平成27年)4月に本土(日生)と鹿久居島を結ぶ「備前♡日生大橋」が完成し、本土と道路で結ばれた。
曽島は鹿久居島の西隣りに位置し、面積0.83平方キロメートル[17]。島は全体が流紋岩でできており[16]、最頂部は標高118メートル[17]。本州本土とのあいだの海峡は「うずあいの瀬戸[3][17]」または「うづ合いの瀬戸[18]」と呼ばれている。平地はなく、太平洋戦争後に入植の試みもあったが、1953年(昭和28年)までに無人となった[17]。斜面は鴻島の島民がミカン畑として利用している[16][17]。
