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豊岡市歌

兵庫県豊岡市の市歌 From Wikipedia, the free encyclopedia

豊岡市歌」(とよおかしか)は、日本兵庫県豊岡市が制定した市歌である。以下の2代が存在する。

  1. 1950年(昭和25年)制定。作詞・樫原太郎、作曲・木下保
  2. 2008年(平成20年)制定。作詞・尾﨑龍、作曲・岩河三郎
作詞 尾﨑しげみ
採用時期 2008年3月29日
言語 日本語
概要 豊岡市歌(2代目), 作詞 ...
豊岡市歌(2代目)

市歌の対象
豊岡市

作詞 尾﨑しげみ
作曲 岩河三郎
採用時期 2008年3月29日
言語 日本語
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現在の市歌は2.である。本記事では市制施行前の城崎郡豊岡町が制定していた「豊岡町歌」(とよおかちょうか)および、2005年(平成17年)に合併した各町の旧町歌についても解説する。

解説

概要 豊岡町歌, 作詞 ...
豊岡町歌

町歌の対象
豊岡町 (兵庫県)

作詞 中村雨紅1930年10月2日[1]
作曲 永井幸次1932年12月10日[2]
採用時期 1932年12月
採用終了 1950年(市制施行)
言語 日本語
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前史

城崎郡豊岡町では豊岡尋常小学校校長の前田菊治が町歌の不存在を嘆いて詩人の中村雨紅に作詞を依頼し、1930年(昭和5年)10月に完成した歌詞を近日中に町会の席上で「豊岡町歌」として発表することが神戸又新日報の10月14日付県下版で報じられた[3]。作曲は大阪音楽学校の永井幸次に依頼されたもので、自筆の楽譜が現存しているものの曲の完成は中村が歌詞を提供してから2年余りを経た1932年(昭和7年)12月であった[2]

1971年(昭和46年)に刊行された『中村雨紅詩謡集』や2005年(平成17年)に『大阪音楽大学研究紀要』第44号へ掲載された「永井幸次作品目録」では、いずれも表題が「豊岡市歌」と記述されている[1][2]。しかし、地元の豊岡では旧町歌の作成経緯に関する資料が散逸した状態となっており、2004年(平成16年)1月9日付の神戸新聞但馬版「たじまのうた」第51回で取り上げられた時は「作詞・作曲者不詳」の扱いとされていた[4][5]

初代

概要 豊岡市歌(初代), 作詞 ...
豊岡市歌(初代)

市歌の対象
豊岡市

作詞 樫原太郎
作曲 木下保
採用時期 1950年11月3日
採用終了 2005年3月31日(翌日に新設合併のため失効)
言語 日本語
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初代の「豊岡市歌」は1950年(昭和25年)4月1日に豊岡町他3村の合併による(旧)豊岡市の市制施行記念事業として歌詞を懸賞募集し、富田砕花の選により県立豊岡実業高校教諭で短歌誌『北雲』の同人であった樫原太郎の応募作が採用された[6][7]。作曲は声楽家で地元出身の木下保に依頼され、11月3日に初演奏が行われている[6]

豊岡市では市歌の他に、1980年(昭和55年)の市制30周年を記念した市民愛唱歌「豊岡讃歌」(作詞:小畑光治、作曲:山根充)が作られていた[8]

廃止

平成の大合併において(旧)豊岡市は城崎郡城崎町竹野町日高町出石郡出石町および但東町の2郡5町と北但合併協議会を組織し、その協議において以下の通り1市5町の市町歌6曲全てを廃止することが取り決められた[9]

2. 木・花・鳥・魚・石・歌等の取扱い
現行の市花及び町花等は一旦廃止し、制定の種別等は新市において決定する。北但合併協議会(2003)[9]

この取り決めに基づき、初代市歌は2005年(平成17年)4月1日の(新)豊岡市発足と同時に廃止された。新市歌制定までの間に当たる2006年(平成18年)5月19日付の神戸新聞但馬版「たじまのうた」第158回で紹介されている[10]

2代目

2代目の現行「豊岡市歌」は2008年(平成20年)の合併3周年を前に歌詞の懸賞募集を実施し、美方郡新温泉町からの応募作を入選採用ののち、合唱曲の名手として知られる岩河三郎に作曲を依頼したものである[11]

制定意義は「市民の皆さんにまちへの誇りや愛着、一体感を感じていただき、豊かな自然や歴史、文化に恵まれた市のイメージをアピールし、永く愛唱いただける」こととされるが[11]、2012年(平成24年)刊行の『全国 都道府県の歌・市の歌』には掲載されていない[12]

旧町歌

ここでは2005年(平成17年)に合併した城崎郡および出石郡の5町の町歌について記述する。前述のとおり、5曲いずれも北但合併協議会での取り決めに基づき「地域の歌」として継承されることもなく失効・廃止されている[9]

城崎町歌

城崎町歌」(きのさきちょうか)は1996年(平成8年)7月に制定された[13]。作詞・田中順之祐、補作・城崎町歌選定委員会、作曲・保科洋[14]。歌詞と楽譜は『たじまのうた』第1集に収録[15]

竹野町歌

竹野町歌」(たけのちょうか)は1977年(昭和52年)4月に制定された[13]。作詞・伊藤一昭、補作・森菊蔵、作曲・狛林正一[16]ビクター音楽産業アンサンブル・ボッカの歌唱により、英亜里が歌唱する「竹野町小唄」をカップリングしたシングル盤規格品番:17VP-1091)を製造している。

日高町民のうた

日高町民のうた」(ひだかちょうみんのうた)は1966年(昭和41年)2月に町制10周年を記念して制定された[13]。作詞・鹿野里美、作曲・小曽根実[17]。制定意義は“町民の「心の歌」として歌われる”ことを志向したものであった[18]

出石町民の歌

出石町民の歌」(いずしちょうみんのうた)は1964年(昭和39年)11月に制定された[13]。作詞・村岡和胤、補作・木山捷平、作曲・木下保[19]

但東町民歌

但東町民歌」(たんとうちょうみんか)は1956年(昭和31年)9月に制定された[13]。作詞・植木いはを[注 1]、補作・今井広史、作曲・橋本喬雄[20]

合併直前には、町歌とは別に「地域の愛唱歌」という位置付けの楽曲として「あなたと生きるまち(ふるさと但東)」(作詞・作曲:二本松はじめ)が作られている[21]

参考文献

  • 『中村雨紅詩謡集』(中村雨紅詩謡集刊行委員会、1971年) NCID BA88042075
  • 『このまちには辰(とき)の流れがある 出石町勢要覧』平成2年版(出石町役場、1990年) NCID BB15836326
  • 上田平雄『土の歌人 藤原東川』(但馬文化協会〈但馬人物誌〉第3巻、1991年) NCID BA59120710
  • NHK情報ネットワーク 編『NHKふるさとデータブック』6 西日本編 近畿(NHK出版、1992年) NCID BN07373770
  • 『たじまのうた』第1 - 4集(たじまのうたまつり実行委員会、2006年 - 2011年)[注 2]
  • 藤本葉子『永井幸次作品目録』(大阪音楽大学研究紀要第44号、2005年)CRID 2050307416983771392NDLJP:10313731
  • 茨木金吾『豊岡市に伝わる民謡の分析』(近畿大学豊岡短期大学論集第10号、2013年)CRID 1520853834028317824

脚注

関連項目

外部リンク

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