旧安田庭園
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| 墨田区立旧安田庭園 | |
|---|---|
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旧安田庭園 心字池 | |
| 分類 | 風致公園 |
| 所在地 | |
| 面積 | 14,241.92㎡ |
| 前身 | 都立旧安田庭園 |
| 開園 | 1927年7月16日 |
| 運営者 | 墨田区 |
| 設備・遊具 | 心字池、心字亭(休憩所)、刀剣博物館 |
| 駐車場 | 無し |
| アクセス |
JR東日本総武本線・都営地下鉄大江戸線「両国駅」下車徒歩6分 都バス「旧安田庭園前」下車徒歩1分 |
| 公式サイト | https://www.city.sumida.lg.jp/sisetu_info/kouen/kunai_park_annai/sumida_park/park08.html |
旧安田庭園(きゅうやすだていえん)は、東京都墨田区横網一丁目に所在する、潮入り回遊式庭園として整備された大名庭園である。小島の浮かぶ心字池を老樹と散策路が囲む構成。雪見灯篭が配置され、池には鯉、亀が遊ぶ。人工的に水位の干満が再現されている。
江戸時代においては、本庄松平氏(常陸笠間藩、のち丹後宮津藩)の下屋敷[1]。元禄年間に本庄宗資により大名庭園として築造された[1][2]。安政年間に隅田川の水を引いた潮入回遊庭園として整備された。明治に入り、旧岡山藩主池田章政の邸宅となる[3][2]。
1879年(明治12年)、安田財閥の祖である安田善次郎が本所横網町の旧田安邸を買付し、1884年に本邸を建設[4]。2年後の1886年には南北の隣接地も購入し、さらに 1891年には池田邸を購入[4]。こうして横網町2丁目7から11番地が安田善次郎の所有となった[4][5][6]。旧安田庭園以外の土地は、現在同愛記念病院と安田学園、横網町公園となっている[4]。
1922年(大正11年)、彼の遺志にもとづいて東京市に寄贈されたが、翌1923年(大正12年)の関東大震災によりほとんど旧態を失った[2]。東京市が残った地割や石組を基に復元を行い[5]、1927年(昭和2年)7月、市民の庭園として開園[2]。
1967年(昭和42年)4月に東京都から墨田区に移管され、現在は墨田区が管理する[5][2]。その後、植栽整備や泉水の循環装置の導入など全面改修を行い、1971年(昭和46年)5月から再開した[5][2]。
かつては庭園に面して、1926年(大正15年)に完成した両国公会堂(森山松之助設計、旧称:本所公会堂)が立地し、ドーム型の建物で親しまれたが、老朽化のため2001年(平成13年)に使用中止、2015年(平成27年)に解体された[7]。跡地には2018年(平成30年)1月、代々木から移転してきた刀剣博物館が開館した。
構造
史跡・文化財
施設情報
- 住所 - 東京都墨田区横網一丁目12番1号
- 利用時間 - 午前9時から午後4時30分まで
- 休園日 - 12月29日から1月1日まで
- 入園料金 - 無料
ギャラリー
- 旧安田庭園の西口(2009年3月10日撮影)
- 旧安田庭園 橋
- 旧安田庭園 雪見灯篭
- 旧安田庭園 散策
- 現在の刀剣博物館(2018年6月22日撮影)
- かつて存在した庭園内の両国公会堂。2015年解体。
舞台となった作品
参考文献
- 墨田区教育委員会社会教育課『墨田の史跡文化財めぐり 南部編』墨田区教育委員会、1984年、14-16頁。
- 東京建物株式会社社史編纂委員会 編集『信頼を未来へ 東京建物百年史』東京建物、1998年、10-14頁。
- 墨田区『すみだクロニクル 1947-2008 目で見る墨田区60年の年代記』墨田区、2010年、58-59頁。