国立科学博物館附属自然教育園
東京都港区にある自然緑地
From Wikipedia, the free encyclopedia
概要
歴史
園内は「旧白金御料地遺跡」として埋蔵文化財包蔵地化されており[6]、有史以来この地に人が住んでいたことが園内より縄文土器や弥生土器、近世の遺物が発見されたことで確認できる[7]。
室町時代の頃、この地には白金長者(柳下上総介)と呼ばれる豪族が居館(白金長者屋敷)を構えたと伝えられ、その遺構とされる土塁が園内にみられる[8][9]。その後、江戸時代には高松藩主松平頼重の下屋敷として用いられた。明治時代に入ると陸海軍の火薬庫として使用され、一般人の立ち入りが禁止された。1917年(大正6年)に陸軍から宮内省帝室林野局に委譲され、白金御料地となった[9]。太平洋戦争中は田畑にされる、防空壕が掘られるなど荒廃が進んだ。戦後、以前から隣接する国立教育研修所が演習林として利用していた経緯などから文部省に移管される[9]。1949年(昭和24年)に全域が「旧白金御料地」として天然記念物および史跡に指定され[1]、同時に「国立自然教育園」として一般公開された。1962年(昭和37年)に国立科学博物館附属自然教育園となった[5]。
大正時代の文献によれば、かつてはモミ、スギ、マツといった針葉樹が林を形成していた。しかし、明治神宮造営のための大規模な移植や、近接道路からの大気汚染などから針葉樹は激減してしまい、現在は落葉広葉樹が主体の森となっている[9]。
