明日ヶ谷峠は、周山村(現在京都市右京区)の漆谷村(うるしたに)・矢代中村(やしろなか)と、佐々江村を繋げる峠道であった[4]。
安楽寺(佐々江大石谷)の祐芳和尚の話として「昔、佐々江から熊田(くまた)へと越える峠道は、高くグネグネと曲りくねって遠かったので、一晩泊まって明日にしなさいということから、明日ヶ谷と言われるようになった」と伝えられている[5]。そのため、昔は旅館や茶屋・店屋が多く立ち並んでおり、一夜の泊りで夜遊びして金銭を使い果たしては、帰るに帰れず自殺しこの地で無縁仏になった旅人もいたらしい[5]。