星野淳一郎
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早稲田実業学校ではブラスバンド部に所属し[1]、高校生の頃からアルバイトとしてフジテレビでADを務めていた。『THE MANZAI』のアルバイトADだった学生時代に、番組のターゲットを学生に当てることを発案し、大学の落語研究会やプロレス研究会に動員をかけて約400人の学生を集め観覧をさせたことで若者の間に漫才ブームを巻き起こした[2]。
早稲田大学卒業後、1983年にバイト先だったフジテレビにフリーディレクターとして契約。編成局第二制作部(現・編成制作局バラエティー制作センター)で、同期の吉田正樹と共に横澤彪班に所属した[3]。フジテレビとの契約が切れた後は、日本テレビなどでもディレクター・番組演出家・スーパーバイザーとして、バラエティ番組中心に演出や監修を担当する。その後『笑う犬』シリーズのチーフプロデューサーを担当することとなった元同僚の吉田に誘われ同番組のプロデューサーに就任し、後進のディレクターの指導育成などを任された。
主に、ダウンタウン、ウッチャンナンチャンの番組を担当。日本テレビの『24時間テレビ』に対抗すべく、フジテレビでの24時間番組『1億人のテレビ夢列島(FNSの日)』の企画書を、高校生時代に作り上げていた。26歳で第1回放送の全てのコーナー台本を書き上げるだけでなく、チーフディレクターとして取り仕切った[2]。吉田曰く、「素晴らしい演出家というよりも、スーパーADだった」と形容している[1]。
2017年12月に逝去。葬儀での弔辞は吉田が読んでいる。