THE MANZAI (1980年代のテレビ番組)

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THE MANZAI』(ザ・マンザイ)とは、1980年 - 1982年に、フジテレビ系列火曜ワイドスペシャル』内で単発特別番組として3か月に1回の割合で計11回放送されたバラエティ番組である[1][注釈 1]。番組を仕掛けたのは、横澤彪プロデューサーを中心としたフジテレビ演芸班[1][2]

出演者 参照
放送国・地域日本の旗 日本
概要 ジャンル, 出演者 ...
THE MANZAI
ジャンル 演芸バラエティ番組
出演者 参照
製作
制作 フジテレビ
放送
放送国・地域日本の旗 日本
THE MANZAI
プロデューサー横澤彪
放送期間1980年4月1日 - 1982年6月15日
放送時間参照
放送枠
  1. 放送日時
回数11
THE MANZAI2001 ヤングライオン杯
出演者参照
放送期間2001年5月19日
放送時間土曜 12:55 - 15:25
放送分150分
回数1
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概要

毎回数組の漫才コンビが漫才を披露するというシンプル極まりない番組だったが、従来のスーツ姿の男2人が「ねえ、きみ」「なんやねん」などと典型的な掛け合いを繰り出すような古臭い演芸番組のスタイルを全て排して[1][2][3]、フジテレビらしい画期的な演出(客席に若者しか入れない、出演者もベテラン勢を1~2組程度に留め若手コンビを中心とする、出演者の服装は自由、舞台セットを豪華でポップなものにする、小林克也アメリカナイズされた呼び出しに、コンビが登場する時の出囃子フランク・シナトラの「When You're Smiling」(邦題「君微笑めば」)の前奏と後奏を合わせ、煌びやかなステージに登場する若手漫才師の姿を何台ものカメラがダイナミックに捉える、ネタの冗長な部分に編集を入れるなど)を凝らした結果、若者にも受け入れられるテレビ向け漫才の確立に成功[1][2][3]。『花王名人劇場』(関西テレビ東阪企画制作)とともに漫才ブームの基を築いた[2][3][4]漫才のスタイル、イメージを劇的に変え[3]、スピード感とライブ感に溢れる今風の漫才は、本番組によって確立された[3]

また、本編の漫才の前に必ず外国人を使った、演者の名をPRした海外のCM風パロディのショートフィルムが流れていたという。

第1回放送

第1回放送日となった1980年4月1日は、裏番組としてTBSの『4月だョ!全員集合』や日本テレビの『探偵物語』最終回などが控えていた[2]。競合番組が強力であることから、当初フジテレビ内で予定されていた制作班が担当を辞退する事態となった[2]

当時、フジテレビの演芸班に所属していた横澤彪は、編成部から企画提出を強く求められていたものの乗り気ではなかったが、数合わせとして多くの番組企画を提出していた[2]。その中にあった『東西対抗漫才大会』という企画が編成の目に留まり、特番として起用されることとなった[2]。この企画自体は、漫才ブームの契機とされる1980年1月20日放送の『花王名人劇場 激突!漫才新幹線』(関西テレビ東阪企画制作)と同様のコンセプトであった。

フジテレビのゴールデンタイム(プライムタイム)において漫才番組が編成されるのは数十年ぶりのことであった。横澤自身は当時、漫才ブームの到来を予見していなかったが、編成部には「漫才番組はいけるのではないか」という勝算が既にあったという[2]

制作にあたり、「強力な裏番組には勝てない」という前提から、ディレクターの佐藤義和は「失敗してもいい。思い通りの番組を作ろう」と考え、若手漫才師を中心に据えた番組を作ることにした[5]。佐藤は、既に毎日のように浅草の演芸場へ足繁く通って多くの若手漫才師と出会っており、その中からツービート星セント・ルイスB&Bを抜擢[5]。他にも知名度に関係なく、「メッセージ性」を感じる演者をキャスティングした[2]。横澤は後に「視聴者としては今まで見たことのなかった人たちのメッセージはショックだったのではないか。それが第一段階としては成功した一つの要因」と述べている。

佐藤は、演芸班の中でもファッションや音楽に造詣が深く、「彼なら、今までの演芸番組からは予想もつかない演出をしてくれる」と永峰明をもう1人のディレクターとして誘った。そして、構成作家の大岩賞介を交えた3人で、「音楽はディスコミュージックがいい」「装飾も派手でバタくさいものにしたい」などとアイデアを出し合った[5]。カメラアングルも、これまでの演芸番組では真正面の引きとアップしかなかったが、左右や背後など様々なアングルから舞台を映し、ある種の「ドキュメンタリー性」を強調した[5]

『THE MANZAI』というタイトルは、佐藤からの発注を受けて美術デザイナーが提示した「THE MANZAI」というローマ字表記の背景案(電飾セット)が発端となっている[5]。佐藤は当初、番組名としてカタカナ表記の『ザ・マンザイ』を考えていたが、この図案を見て『THE MANZAI』という表記に統一することを決めた[5]。しかし、このタイトル案に編成が難色を示し、妥協案として非常に長いサブタイトルが付されることとなった[2]

また、観客についても従来の演芸番組の客層を一新するため、スタッフが各大学の「落語研究会」や「クイズ研究会」、「プロレス研究会」、「鉄道研究会」といったサークルに電話をかけて勧誘し、若者を集めた[2]。横澤は、集まった演者(漫才師)の感覚が鋭く、自分たち制作陣よりも先を行っていると感じたという[2]

第2回以降

漫才番組の中でも別格的存在であり、出演者にとってはまさに真剣勝負の場でもあった。出演順は抽選で決められ、楽屋では常に緊張感が漂っていたという。[要出典]

最大のハイライトが銀座博品館劇場からの生中継だった1980年12月30日放送の第5回で[1]視聴率は関東32.6%、関西で45.6%を記録した[1]

1982年6月15日放送の第11回を最後に放送されなくなるが、2001年5月19日に当時の東西人気漫才コンビにより『THE MANZAI2001 ヤングライオン杯』が19年ぶりに放送された。この回のみ関東ローカルで放送された(ただし、他の地域でも遅れネットで放送された実績あり)。なお谷良一によると同年8月に第2回放送予定されていたが、視聴率が振るわなかったので立ち消えとなった[6]

その後、2010年で一旦、朝日放送発の全国ネットで放送されていた漫才のコンテスト「M-1グランプリ」が廃止されたことを受けて、2011年から2014年まで日清食品 THE MANZAIとして漫才のコンテストを開催していたが、2015年から「M-1」が再開されることを受けて、当頁の体裁と同じ漫才のネタ見せ番組として『Cygames THE MANZAI マスターズ』が開始された[7]

放送日時

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回数放送日時サブタイトル視聴率
第1回1980年4月1日
20:00 - 21:24
火曜ワイドスペシャル THE MANZAI
翔べ!笑いの黙示録東西激突!残酷!ツッパリ!ナンセンス[2][8]
15.3%
第2回1980年5月20日
20:00 - 21:24
火曜ワイドスペシャル THE MANZAI2
東西人気漫才激突!今君に贈る笑いのメッセージ
17.2%
第3回1980年7月1日
20:00 - 21:24
火曜ワイドスペシャル THE MANZAI3
笑いのニューアイドル最新作公開
27.0%
第4回1980年10月7日
19:30 - 21:24
火曜ワイドスペシャル THE MANZAI4
秋の新作10本満載!!今笑いのアイドルが君に贈る熱いメッセージ
28.8%
第5回1980年12月30日
19:30 - 21:24
火曜ワイドスペシャル THE MANZAI5
グランプリ!銀座博品館劇場から生中継
32.6%
第6回1981年3月31日
19:30 - 21:24
火曜ワイドスペシャル THE MANZAI6
おまたせ!81年春の新作大公開!!今君に贈るクリスタルなメッセージ
18.9%
第7回1981年6月30日
20:00 - 21:24
火曜ワイドスペシャル THE MANZAI7
新作!!初公開
17.9%
第8回1981年9月29日
19:30 - 21:24
火曜ワイドスペシャル THE MANZAI8
秋の最新傑作大公開!生き残るのはだれか?決めるのはキミのセンスだ
15.8%
第9回1981年12月8日
19:30 - 20:54
火曜ワイドスペシャル THE MANZAI9
年末特別企画 乱れ打ち81年重大ニュース
17.5%
第10回1982年3月30日
19:00 - 20:54
火曜ワイドスペシャル THE MANZAI10
やったね!カーニバルあのYMOを先頭に異色ひょうきんコンビ続々登場
第11回1982年6月15日
19:00 - 20:54
火曜ワイドスペシャル THE MANZAI11
イキイキ感覚
20012001年5月19日
12:55 - 15:25
THE MANZAI2001
ヤングライオン杯
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第5回は「THE MANZAI Grand Prix」として、銀座博品館劇場から生中継を行った。

出演者

1980年(全5回放送)

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回数放送日時出演者
第1回4月1日ツービート 島田紳助・松本竜介 B&B 横山やすし・西川きよし ザ・ぼんち 星セント・ルイス 中田カウス・ボタン
第2回5月20日ツービート 島田紳助・松本竜介 B&B 横山やすし・西川きよし 西川のりお・上方よしお オール阪神・巨人 ぽぱい 海原さおり・しおり
第3回7月1日ツービート 島田紳助・松本竜介 B&B 横山やすし・西川きよし 西川のりお・上方よしお ザ・ぼんち 春やすこ・けいこ
第4回10月7日ツービート 島田紳助・松本竜介 B&B 横山やすし・西川きよし 西川のりお・上方よしお ザ・ぼんち 春やすこ・けいこ 星セント・ルイス 太平サブロー・シロー おぼん・こぼん
第5回12月30日ツービート 島田紳助・松本竜介 B&B 横山やすし・西川きよし 西川のりお・上方よしお ザ・ぼんち 春やすこ・けいこ 星セント・ルイス 太平サブロー・シロー おぼん・こぼん
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1981年(全4回放送)

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回数放送日時出演者
第6回3月31日ツービート 島田紳助・松本竜介 B&B 横山やすし・西川きよし 西川のりお・上方よしお ヒップアップ ザ・ぼんち 中田カウス・ボタン 太平サブロー・シロー 今いくよ・くるよ
第7回6月30日ツービート 島田紳助・松本竜介 B&B 横山やすし・西川きよし 西川のりお・上方よしお ヒップアップ ザ・ぼんち オール阪神・巨人
第8回9月29日ツービート 島田紳助・松本竜介 B&B 横山やすし・西川きよし 西川のりお・上方よしお ヒップアップ ザ・ぼんち オール阪神・巨人 太平サブロー・シロー
第9回12月8日ツービート 島田紳助・松本竜介 B&B 横山やすし・西川きよし 西川のりお・上方よしお ヒップアップ ザ・ぼんち オール阪神・巨人 太平サブロー・シロー 春やすこ・けいこ
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1982年(全2回放送)

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回数放送日時出演者
第10回3月30日ツービート 島田紳助・松本竜介 B&B 西川のりお・上方よしお ヒップアップ オール阪神・巨人 柄本明佐藤B作 明石家さんま春風亭小朝 山田邦子山村美智子 やすえ・やすよ 伊丹幸雄城みちる ポップコーン 梨元勝福岡翼 トリオ・ザ・テクノ
第11回6月15日ツービート 島田紳助・松本竜介 B&B 横山やすし・西川きよし 西川のりお・上方よしお ヒップアップ 太平サブロー・シロー ポップコーン
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THE MANZAI2001 ヤングライオン杯

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キャスト・スタッフ

DVD

脚注

関連項目

外部リンク

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